第5話

 辺りはすっかり薄暗くなり、星たちが夜空に現れ始めています。家に帰ると、人形遣いがランタンに火を入れているところでした。


「おかえり。あれ? 顔色が悪いね」


 人形遣いは、つかつかと歩み寄ってきて、すっとその白い手を私の頬に当てました。ひんやりした手の平が、私の心をすっと冷やします。


「あなたは、準備しなくていいの?」


 人形遣いは、目線を合わせるように、腰を落とし、ふふっと笑いました。


「今日はお休みにしようと思う。もう、あくせく働かなくても大丈夫そうなんだ。それに……僕の傍にはこんなにも可愛いお姫様がいるからね」


 彼は魅惑的な微笑みを浮かべ、空色の瞳で私の目を覗き込みます。


「女の子たちは待っているわ。あなたが来るのを」


 何を言っても、彼が気を変えるとは思えませんでした。それでも、私は切々と訴えました。だって、広場には、彼に夢中な娘たちがたくさん待っているのですから――


「うん、そうなんだけどね? でも、今の僕は君を魅了したい。振り向かせたい。ねぇ、リラちゃん?」


 彼の冷たい指先が私の唇をそっとなぞるので、背筋がひやりとして飛びのきました。


「なぜだろう? なぜ、君は僕を見てくれないんだろう? その他大勢の子はもういいよ。彼女たちの気持ちより、君の気持ちが欲しいんだ。特別な、僕だけの乙女の心が」


 ぞくりとするほどの笑みをたたえ、彼は少し首を傾げました。空色の瞳に怪しげな光が浮かびます。


「あなたは今まで、毎晩広場に行っていたわ。今日、行かなかったら……彼女たちはどうなるの?」


 私はランタンの炎で照らされる、彼の綺麗な顔を見つめました。彼の操る人形たちのように、堀の深い整った顔を。


「どうなるって……」


 人形遣いは視線を宙の一点に固定して、沈黙した後、顎に手を当てました。


「一日くらいじゃ、どうにもならないだろうね。でも、明日、明後日と行かなければ……きっと元通りだ」


「元通り……?」


 問う声は、平静を保とうとする意志とは裏腹に、わずかに震えます。その動揺する声音に気が付いたのか、人形遣いはおやというように私を見、眉を上げました。


「そう、か。そうだったのか」


 人形遣いはまたも距離を詰めると、私の両手首を強く掴み、ぐいっと持ち上げ、その端正な顔を、息がかかるくらい近くに寄せました。


「君は強い気持ちの持ち主らしい。ますます気に入った。僕はここに居る。君の心を手に入れるまで。君が僕を愛するようになるまで。ずっとここに居座らせてもらう。何があっても、何が起ころうとも、だ」


 ギラリと光る空色の瞳は、まるで刃のように鋭く、喉元に刃先を突きつけられているような気がしました。眩暈を感じ、とっさに顔を背けます。人形遣いの、不思議な程甘く香り立つ息を、この胸に吸い込みたくはありませんでした。

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