01-3

「お嬢さん……と呼ぶのも不便だなあ。お嬢さんの質問に答える前に、まずは、お互い、自己紹介をしないか? 俺の名前は『マニー』。君の名は?」

「小夜子です」

「サヨコ? 珍しい名前だねえ。君のルーツは『飛鳥馬国あすまこく』にあるのかい?」

 小夜子が今いる場所は飛鳥馬国ではないというのか。では、いったい、今、自分が居るこの土地はどこだというのか? 夢の中とはいえ、自分が置かれている状況が何一つ分からない以上、下手に相手に情報を与えることは危険だと小夜子は思った。バスターミナルで接触した老婆は、小夜子のことをかなり警戒している様子だった。おそらく、この世界を統治している機関に通報したのはあの老婆だろう。最小限の情報提供で、最大限の情報を相手から訊き出さなければならない。ああ、夢なら、早く醒めてほしい。小夜子は切に願った。

「ええ。そのようです」

「そうなんだね」

 小夜子が自分の身の上を探られるのを嫌がっているのを察してくれたのか、マニーは、それ以上、小夜子のことを訊き出そうとはせず、話を元に戻した。小夜子が、例の老婆に警戒されていたという話をマニーに伝えると、

「今、この国に住まう人々は皆〈ヌーヴァ〉からのスパイのことで、神経過敏になっているからね。少しでも不審な行動をすると、即、通報される。でも、あのロボ三体の行為は明らかに法令を逸脱する行為だったね。仮に、サヨコが〈ヌーヴァ〉のスパイとして疑われて通報されたのだとしても、まずは、捕獲だ。即射殺なんて命令はプログラミングされていないはずだ。俺は、このことを政府に報告しようと思う。サヨコのことは〈パトロールロボ〉の記憶装置にすべて記録されてしまっているだろうから、もう、手配書が広まっていると思っておいたほうがいい。外に出ることはとても危険だ。君の住まいは何区にあるの? 君の個人情報もパトロールロボにより照合されているだろう。サヨコの家族にも危害が及ぶかもしれない。もし君の家族が了承してくれれば、暫くの間、君の家族と一緒に俺の家で匿うよ。きっと、俺の家族も協力してくれると思うよ」

 少し、親切すぎやしないか? と小夜子はマニーのことを勘繰ってみたが、他に選択肢はなかった。千年前の世界からタイムスリップしてきた、などと言えば、また、通報されて、今度こそレーザー光線で灰と化すだろう。

「あの……実は私……記憶喪失みたいで……ほとんど記憶がないんです」

「ああ、なるほどね。それで様子がおかしいんだね。後で、ドクターロボに診てもらおう。きっと、記憶装置のバグだろう。心配いらないよ。俺も君を助けた以上、できる限りの協力はさせてもらいたいんだ」

「あの……私のことを厄介者だとは思わないのですか? 先ほどの老婆は、私と関わることで自分に危険が及ぶことに対してかなり怯えていたようです。それに、あのロボットに映像記録の機能が付いているということは、マニーさんの身元も照合されてしまうのではないのですか?」

 そう言うと、マニーは、

「それなら心配いらないよ。さっき俺が身に着けていた服、〈メタマテリアル〉だからさ」

「〈メタマテリアル〉?」

「うん。『透明人間』とか『光学迷彩』って言ったら分かってもらえるかな?」

「ああ。それなら分かります」

「もうちょい性能が高いパトロールロボだったらバレてたかもだけど。あの三体は旧式だからさ。絶対にバレない」

「どうして旧式だと分かるんですか?」

「パトロールロボの中でも序列があるんだよ。さっきのロボの側頭部に書かれていたナンバーは単なる製造ナンバーさ。数字が若いほど旧機種ってこと。さっきのロボは三体中二体が一桁台だっただろう? 本来なら、一桁台の旧機種が駆り出されることなんて、滅多にないことなんだ。今は〈ヌーヴァ〉対策で国の中枢部も躍起になっているからね。新型の高性能なロボはもっと重要な任務に配属されてるんだろうなあ。ちなみに、上位ロボはヒト型だし、ロボたちを管理指揮しているのは人間だからね。

「そうなんですね。いろいろご丁寧に教えて頂きありがとうございます」

 小夜子は、マニーに、可もなく不可もない返事をして、ぼんやりと考え事していた。もし、今、自分の身の上に起こっていることが夢ではなく現実だったとしたら? そんな、小夜子の心中を察したわけではないだろうが、

「さあ、そろそろ、自宅に到着するよ!」 という、マニーの陽気な声が、小夜子の心にかかった靄を吹き飛ばした。

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