第42話 特別


 疑問系なのに、答えは既に決められている。そんな聞き方だ。

 

「あなたは、私を連れて行ってどうしたいの?」


 声が震えた。ううん、声だけじゃない。体の震えも止まらない。それでも、時間を稼ぐんだ。白樹が来てくれるまで。


「どうって、僕のお嫁さんになってもらうんだよ」

 

 それ以外、何があるの? と言わんばかりの表情で、告げられた言葉。人を殺したことなど微塵みじんもこの男は気にしていないのだ。

 

「なぜ? あなたは私のこと、好きじゃないでしょう?」

「好きだよ。とっても欲しい。僕のことは無為むいって呼んで。お前だけ、特別だよ」

 

 欲しい。その言葉に納得した。この男は、オモチャを欲しがる子どもと同じだ。


 両手で男の頬を包むと、意識的に口角を上げる。


 こびなんかいくらでも売ってやる。恋々の命がかかっているんだ。

 怖がるな。恐れるな。気持ちで負けちゃいけない。

 

「無為って、あなたの真名まななの?」

「真名かぁ。たぶん、そうだよ。人間って、真名を大切にするよね……。あっ!! お前の真名も教えてよ。夫婦になるのに、いつまでもお前はよくないよねぇ。愛がないみたいだ」

 

 男は、にこにこと笑う。けれど、相変わらず目は笑っていない。

 

「ふふっ……。いきなり真名は教えてあげない。もっと、仲良くなってからね?」

 

 どこのいい女気取りだよ!! と言いたくなるような言葉に、ちょっぴり鳥肌が立った。男がそんな私の態度に気を悪くしていないのが救いだろう。

 

「残念だけど、仕方がないね」


 肩をすくめて見せる姿に、微笑んでおく。けれど、内心はそれどころではない。

 男に触れた箇所は、反発するかのようにパチリパチリと断続的に青い光が生じている。けれど、浄化が一切できないのだ。

 この男が穢れに近い存在なのは、間違いないはずなのに……。


「ねぇ、お前に僕は浄化できないって分かったでしょ? 次はどうするの?」

 

 どこまでも真っ黒な瞳に覗き込まれる。私の頬に触れ、爪をたてられた。赤い筋をつけるように、ひっかかれる。

 

「あれ? 次はないの? それなら、もう行こうか。大切にするよ、僕の花嫁」


 バチリと強い反発を物ともせず、男は私の腕を引いた。

 浄化もできない。風と木も男には通じない。どうすればいい……。早く、何かしないと。早く……。


 ぐいぐいと腕を引かれ、体が前のめりになった。それでも、足を動かさないようにする。

 絶対にこの男に着いて行ってはいけない。頭の中でアラートが鳴り響いている。


「あれ? まだ分かってないの? 仕方がない子だな」


 呆れたように言い、男がパチンと指を鳴らせば、赤い飛沫が私にかかった。


「あっ…………」


 あまりのことに、言葉が出なかった。春さんの顔が落ちている。ごろりと転がり、空虚な瞳が私の方を向いた。

 血飛沫ちしぶきは止まらず、私と男を濡らす。それが鬱陶うっとうしかったのか、男は春さんの体を遠くに蹴った。頭を失くした体が飛ばされていく。


「あれ、泣いちゃったの? ごめんごめん。でも、お前が悪いんだよ? おとなしく、ついてこないから。お前の大切な女にしなかったんだ。感謝してよね」


 そう言いながら引く腕を、もう拒絶できなかった。



「花様!!」

「来ないで!!!! お願い、来ないで……」


 獣に傷を負わされながらも、こちらへ来ようとしてくれる。そんな恋々に私ができるのは、これだけだ。


「無為は、穢れを操れるよね? 私がついていったら、この国の人には手を出さないで欲しいの」

「お前が望むのなら。その代わり、お前は死ぬまで僕のものだ」


 返事はせず、自らの意思で男の手を取る。

 恋々の叫び声が聞こえた。私を呼び止めようとしてくれるけれど、もうこれ以上、目の前で誰かが殺されるところなんか見たくなかった。


「行こうか」


 白樹、みんな、ごめんね……。

 心の中で謝れば、ちりーんと風鈴の音が返事をしてくれた気がした。



 

 

 

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