第41話 消えてない
飛んでくる矢は、風たちが吹き飛ばしてくれている。獣たちは、恋々が倒してくれている。凶暴化された討伐隊の人たちは、木々が捕らえてくれている。
それはつまり、浄化ができるということ。
「待たせて、ごめんなさい。つらかったですよね……」
木に捕らえられた人へと、手を伸ばす。すると、地下の彼らと同じように、彼もまた私の方へと手を伸ばした。違うのは、そんな彼の腕を枝が巻き付いて止めてくれたこと。
『ありがとう』
返事はないけれど、木々に心の中で話しかける。ざわりと木々が揺れたのは、きっと気のせいではない。
枝が巻き付いた手に触れる。穢れを浄化すれば、きっとこの人も消えてしまう。分かっているけれど、どうしようもないのだ。
「助けられなくて、ごめんなさい。あなたの名前は?」
「わた……しの名は……
名を告げた彼の姿に、時が止まったように感じた。
「消えて……ない?」
春と名乗った彼に寄生していた穢れは、全て消えた。それなのに、春さんはいた。怪我をして、ぼろぼろだけど、いるのだ。
「うそ……」
生きてる。
がくり、と足から力が抜けた。目の前は歪んでいて、よく見えない。
「あり……がと……」
生きていてくれて。
まだまだ浄化をしなくてはならない人が、たくさんいる。震える足でどうにか立つと、次の人へと向かう。
どうか、どうか、あなたも消えないで……。そう願いながら、浄化をする。
「お姉ちゃん」
浄化に夢中になりすぎていたのだろうか。子どものような声に呼びかけられ、自分の真後ろに人らしきものが立っていることに気が付いた。
「ねぇ、何でぼくの仲間を消しちゃうの?」
どくどくと心臓が頭で鳴っているみたいだ。『逃げて』『早く』と、風と木の声がする。けれど、足が貼り付けられたみたいに動かない。
何で、気付かなかった? 気付かないなんて、あり得ない。それなのに、どうして?
歯がガチガチと音を鳴らす。それを止めるために、歯を噛み締める。唇が切れたが、そんなこと気にならなかった。
振り向きたくない。そう思うのに、私の体は勝手に後ろの存在を確認してしまう。
「勝手に生み出しておいて、殺すの?」
見た目は愛らしい、少年とも少女ともとれる子どもがいた。
真っ黒な肩で切り揃えられた髪。光を全く映さない、どこまでも暗い黒い瞳。陽にあたったことなど一度もないような、真っ白い肌。違和感があるほど真っ赤な唇。
中性的で、この世のものとは思えない、恐ろしいほどに美しすぎる子ども。その表情は、一切変わらない。
「ぼくたちを勝手に生み出して、それを勝手にいらないものにして。ぼくたちはさ、それを返しているだけなのに。それは、悪なのかなー?」
こてり、と首を傾げる姿は愛らしいはずだ。けれど、この子は人ではない。
「ねぇ、何でぼくたちを消すの?」
私に向かって、伸ばされる小さな手。その子に向かって風が強く吹いても、枝が巻き付こうとしても、何の意味も持たない。
「風と木か。そんなにこの人を守りたい? でも、無意味だよ。ぼくには敵わない。あぁ、子どもの姿はあまり好きじゃない? 女の人は、子どもが好きだと聞いていたけど、違うのかな。こっちが好み?」
みるみる大きくなる姿。私の腰くらいだった身長は見上げるほどになっている。
「そういえば、花嫁って僕たちとも婚姻が結べるって聞いたな。どう? 僕と契約してみない?」
白樹とは違うけれど、色気のある笑み。中性的だけれど、小さい時とは違って男の人だとはっきりと分かる。危うくて、影のある、ミステリアスな雰囲気の男性。けれど、目はちっとも笑っていない。温かさの欠片もない。
「僕はどこかのマヌケと違って、ちゃんとお前を守るよ。欲しいものは何でもあげる。だから、こっちにおいでよ」
男が私の頬に触れようとすると、バチッと静電気のような青い光が起きた。
「いてて……。なるほど、これが花嫁の力かぁ」
手をぷらぷらと振りながら、男はもう一度、私へと手を伸ばす。
「あなたは、誰なの?」
思った以上に、弱々しい声が出た。怖いのだ。目の前にいる、男の形をしたものが。
穢れのような、とてつもなく嫌な感じがする。それなのに、穢れが見えない。
「僕? 僕は
バチリ、バチリと小さな反発が起きているのにも関わらず、男はまるで愛しい者に触れるように、私の頬に触れた。
「ねぇ、花嫁。ここにいる者を全て殺すことなんて、僕にとっては造作もないことだ。それをしないのは、何故だと思う? お前が悲しむからだよ。だけど、お前が僕を拒むのなら、考え方を変えないといけないよね」
パチン、と男が指を鳴らす。一番近くにいた穢れに寄生された人の首が、ごとりと落ちた。
「────っっ。な……んで…………」
「何で? お前に分からせるためだよ。大事な人を失くしたくないでしょ? 例えば、あそこで僕の仲間を殺している女とか」
男は、木々が捕らえられなかった獣と戦っている恋々を指差した。弱い獣は拘束できても、強いものは難しかったようで、恋々が苦戦を強いられている。
「あのままだと、やられるかもしれないね。助けたい? 僕なら、殺すも生かすも指先一つだ」
今にも指を鳴らしてしまいそうな男の手に、自ら触れた。バチリと反発するかのように青白い光と、指先に痛みが走る。
「僕に、ついてきてくれるよね?」
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