第40話 ファンタジーを現実に


「お前が、どうにかすればいいだろ!? なぁ、浄化ができるんだよな? どうにかしてくれよ!!」


 大さんが、私にすがり付いてくる。私だって、できるものならそうしたい。

 恋々が倒してくれているけれど、今も矢が何本も飛んできている。穢れは増え続けている。すぐそばには、穢れに寄生された人たちがいる。それも一人や二人じゃない。

 助けに行っても、一人として助からない。この布から出たが最後、待っているのは死だ。


「……浄化はできない」

「何だよ、それ!! 花嫁様なんだろ? ぱぱっと浄化してくれよ。出し惜しみしてんじゃねーよ!!」

「ごめん」


 謝ることしかできない。

 触れなければ、浄化はできないのだ。だから、彼らを救えない。こんなにも近くにいるのに……。


 まずは、白樹に少しでも早く来てもらう。それが今の私にできること。そうしなければ、全員が死んでしまう。

 死にたくない。死なせたくない。守りたい。これ以上の犠牲を出したくない。

 お願い、私に力を貸して──。


「風よ、私と契約してちょうだい。ここから白のところまで匂いを繋いで欲しいの。あなたなら、できるでしょう?」


 契約の仕方など知らない。それでも、可能性にすがりたくて話しかける。

 契約したが最後、二度と帰れなくなるかもしれない。そう思っていた。ううん、今でも思っている。

 それでも──。


『名は? 私と契約をしたいのなら、名を教えてちょうだい。陽元ようげんの花嫁さん』


 頭に響く、今にも歌い出しそうな声。きっと、風の声だ。


『私の名は真理花。お願い、あなたの力が必要なの』


 心の中で、答えた。真名まなは決して、他者に知られてはならない。白樹がそう言っていたのを思い出したから。


『いいわよ。真理花ね。真理の花……素敵な名前だわ。真理花の願いを叶えてあげる。さぁ、願いを言の葉に乗せて』


「お願い、私と白を繋いで!!」


 そう口にした途端、ぶわりと金木犀の香りが強くなった。風の声は、もうしない。

 私の願いを叶えてくれたのだろうか。金木犀の香りが濃くなったのだから、大丈夫だと信じたい。


 今も最悪な状況なのは、変わらない。それでも、待つしかできないのだ。少しでも早く来てくれることを。


 

「おい!! 私と白を繋いでだぁ!? ふざけてんじゃねーよ」


 大さんの苛立ちを隠さない声が、私を責めた。それでも振り向かず、布から手を出して届く範囲の穢れを浄化する。

 できることをするんだ。それが例え、意味をなさなくても。もしかしたら、そのほんの少しが役に立つことがあるかもしれない。


「さっさと浄化しろよ! それがお前の使命だろ!! この役立たず!!!!」

 

 怒声と共に、ドンッと背中を強く押された。

 私の体は、あまりにも簡単に布の外へと飛び出してしまう。


「仲間を助けるまで、この中には入れないからな!」


 私が戻るのを拒むように、閉じられた隙間。


「花様!!」

「花嫁様!!」


 恋々と習さんの叫びが聞こえる。布の中では、言い争いが始まった。殴るかのような鈍い音もした。どちらが殴られたのかは、分からない。それでも、布の中にさえいてくれたら、安心だ。


 穢れに寄生された人たちが、こっちに向かってくる。矢も変わらず飛んできていて、当たっていないのは奇跡としか思えない。


 恋々が、慌てた様子でこっちに向かって来てくれている。けれど、矢が、獣が、それを邪魔している。


 全てがゆっくりと見えた。まるで、スローモーションのように。

 

「死ぬ……のかな……」

 

 ……何もできなかった。この世界に花嫁として呼ばれたけれど、何もできなかった。 

 ここに来てから、つらいこともあったけど、それ以上に楽しいことがたくさんあった。みんなが私に優しくしてくれたのに……。何もまだ返せてない。


 私の我が儘で着いてきたのに、ここで死んでしまったら、きっとみんなは自分を責める。恋々も、善くんとあっくんも、輪さんも、ドクターも、お屋敷のみんなも……。


 それに、私が死んじゃったら、白樹はどうなるんだろう。ずっと、ずっと、待っていてくれたんだよね? そんな白樹を置いて、私は死ぬの?

 白樹は、いつも心配してた。過保護って言葉がピッタリなくらい。いつも守ろうとしてくれていた。

 責めるんだろうな、自分のことを。私を守れなかったと、責め続ける。それはきっと、命がある限り……。


 

「……死ねない。死んじゃいけない」

 

 諦めちゃだめだ。生きることを。何があっても、生き延びないと。


 頭を使え。契約は何とでもできると白樹は言っていた。実際、風と契約はできた。

 大丈夫。私には、転生前の知識がある。子どもの頃に見た、大人になってから読んだ、ファンタジーを現実に起こすんだ。


「風よ、すべての矢を叩き落として!!」


 ぶわりと金木犀の香りが立ち込め、突風が吹いた。矢は、ばらばらと攻撃力を失って落ちてくる。


「はは……、ファンタジーだわ」


 自分でやったことにも関わらず、乾いた笑いが漏れた。強い、強すぎる。反則レベルじゃないだろうか。

 でも、まだだ。寄生された人たちを何とかしないと。


『私の名は真理花。森の木々よ、私に力を貸して』


 心の中で、語りかける。そうすれば、ほら、頭の中に返事が聞こえる。


『真理花、そなたに力を貸そう。代わりに我らの主を助けてくれて。これは、強制ではない。我らの願いだ』

『あなたたちの主が、誰だか分からない。けれど、私にできることなら何でもやるわ』

『感謝する。浄化の花嫁、真理花よ。契約はなされた。さぁ、願いを言の葉に乗せてくれ』


 その言葉に大きく頷く。イメージはできた。一人一人を囲う。


「木々よ、討伐隊の彼らを……ううん、この森の中にいる穢れに寄生された全ての生き物を一人ずつ捕らえて! お願い!!」


 ぼこぼこぼこ……と地面から枝が生えてくる。そして、穢れに寄生された人たちを本当に捕らえていった。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」


 叫ぶ声がする。枝の牢獄から逃れようとしている。けれど、そんな彼らは泣いていた。暴れるように動きながらも、泣いているのだ。

 その涙の意味は、分からない。けれど、誰かを傷つけなくて良いことへの安堵の涙に見えた。



『真理花、申し訳ない。全ての穢れは無理であった』


 木の声がしたと同時に、矢が飛んでくる。


「風よ、全ての矢を吹き飛ばして。恋々も助けて欲しいの」


 呟けば、私の頬を風は優しく撫でた。きっと、了承の意味だろう。心の中で、風に感謝を伝える。


『木も、ありがとう。十分過ぎるほどだよ。あなたたちのお陰で救われた人たちがいるの。本当に感謝しているわ』

『いや。感謝しているのは、我らの方だ。真理花よ、神の愛し子はすぐそばに来ているぞ』


 神の愛し子? と聞き返したが、もう木からの返事はなかった。

 

 

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