第39話 最悪の事態
「恋々、みんなで移動はできそう?」
「このくらいの距離なら可能です。……花様、白様を呼ぶことはできますか?」
白樹を呼ぶ? え? 呼べるの?
「どうやってやるの?」
「指輪を使って呼び掛けてください。
独って誰? あ、ドクターのこと? と疑問が浮かぶが、それを頭の隅っこに片付けて指輪を右の手で包む。
白樹……。白樹、聞こえる? お願い、助けて。穢れの集団に囲まれたの。
じりじりと荷馬車の後ろへと向かいながらも、何度も心の中で呼び掛ける。
ちりーん。という音が何度かしたあと、頭の中に白樹の声が響いてきた。
『今、どこにいる?』
『森のなか。ごめん、こっそり着いてきた』
『誰といる? 周りに目印となるものはないか?
次々と質問を投げ掛けられる。落ち着いた声色だが、白樹の焦りが伝わってくる。
『恋々と討伐隊の
荷馬車にたどり着き、私は中に入った。急いでテントの布を手にとって外へと向かう。
「ねぇ、発煙筒って持ってる?」
「それなら、荷馬車の中にあるはずです!!」
荷馬車の中に引き返そうとした。けれど、明らかに険しい表情の恋々に足を止める。
発煙筒がどこにしまってあるのか、私には分からない。
「発煙筒は諦める」
探している時間が恋々の負担になる。もしかしたら、全滅に繋がるかもしれない。その代わり、浄化をしよう。
「まずは布の防御力が見たいから、荷馬車に引っかけよう」
習さんと大さんに手伝ってもらって、なるべく広い面積になるように引っかける。
その間にも、浮遊している穢れや矢についている穢れを浄化する。このにおいが白樹に届くことを願って。
『白樹、発煙筒は無理だ。ごめん』
『いや。習と大がいるなら、支援担当の第三部隊だろう。今、そっち方面に向かっている』
『ありがとう』
少し安堵する。だけど、そっち方面という言葉が気にかかる。やはり、正確な位置把握は難しいのだろう。
「花嫁様!! 矢を弾きました!!」
「おい!! 矢を
習さんと大さんの声にテントの布を見れば、矢を跳ね返していた。
これで、時間稼ぎができる。恋々も守るだけではなく、攻めに転じられるかもしれない。
「花様、早く布の中に入ってください! ほら、あんたたちも!!」
頭の上からバサリと布をかけられる。慌てて布から顔を出して恋々の方を向けば、走り出していた。
「恋々は!?」
「私は
「待って! 白たちを待ってからの方が──」
「いえ、行きます。これから何が起こるか分かりませんから」
恋々は、何も心配はいらないと言わんばかりに口元に笑みを浮かべた。一体、また一体と消滅させていく。
その姿に希望が見えた。きっと、きっと大丈夫。そう思えた。そう思ったのに──。
「何で……」
第三部隊の人たちが倒れている場所に、穢れが集まっている。何度弾かれても、時には消滅させられても、穢れは彼らに寄生しようと諦めない。
何度も、何度でも、寄生しようとぶつかっていく。まるで、ぶつかり続けることで組紐の力が消えるのを待っているかのようだ。
それだけじゃない。穢れの集結が再び始まった。こちらに向かって、どんどん集まっている。大きいのも、小さいのも、浮遊しているのも集まってきている。私たちを取り囲む穢れの輪は、大きくなるばかりだ。
「もう、逃げられないかもしない……」
ついに、討伐隊の人たちを守ってくれていた組紐が、真っ二つに切れて落ちた。そうなれば、我先にと穢れが流れ込んでいく。
一人、また一人と穢れに寄生されてしまう。叫ぶ人の声がする。このままでは、ここにいる人全員が寄生されてしまうのも時間の問題だ。
布の中から、手の届く範囲の穢れを浄化する。そんなもの、焼け石に水だと分かっている。それしか、できることがないのだ。
彼らのところに穢れが集まっていく。寄生される人が増えるのを止められない。
「彼らも、消滅させます!」
離れたところで、恋々の叫ぶ声がした。ぎりりと歯を食いしばり、また一体の凶暴化した獣を消し去った。
地に伏していた、寄生されてしまった人たちが立ち上がる。ゆらりと体が揺れている。動かされている。
彼らは、泣いていた。涙を拭うことなく、私たちの方を向く。「殺してくれ」と言っている。自身を止めようと、叫び、足に刀を刺している人もいる。
自我があるのだ。それでも、止まれない。止まるのを許してくれないのか。
「待て! 消滅させないでくれ!! 生き返れなくなる!!」
「そんなこと、分かってる! だけど、他に手段がない!! 凶暴化した獣に囲まれ、奴らは寄生された。消滅させるか、こっちが死ぬかのどっちかだ!!!!」
獣と戦いながら、恋々は怒鳴った。恋々だって、彼らを消滅させたくはないのだ。救えるものなら、救いたい。誰もが、そう願っている。
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