第38話 撤退しましょう


「そんなわけない! その女、見たことあるぞ!! 得物えものは違ったが、笑いながら倒す女なんてこいつしかいねぇ!!」


 あー。恋々が私が着いていくのが本当に危険なのか、何回か討伐へ確認に行ってくれた時に見かけたのか。

 確かに、笑いながら戦う人って少ないだろうから印象に残るよね。女の人で討伐隊に加わっているだけでも目立つだろうし。


「何のことを言っているのか、分かりませんね。私はあなたのことなど見たこともありませんよ。あー、役立たずだから、気付かなかっただけかもですね。ごめんなさいね」


 私の腕を掴んでいる手を捻り上げ、恋々は淡々と言った。怒った時や戦闘時の荒い口調とは違う。けれど、めちゃくちゃ怒っている。


 私が前に出るのも嫌だったんだもんね。悲しそうに私の腕を擦るの、やめて。罪悪感がすごい。


 でも、一方的に守られたくないんだよなぁ。力では敵わない分、他のところでは私にも守らせて欲しいんだよ。

 恋々はきっと私のことを主だと言うだろうけど、私にとっては仲間だから。



だい、やめろよ!」

「恋々、だめだよ」


 私と青年が止めに入るが、二人は睨み合ったままだ。

 こんなことを聞くのは良くないのかもしれない。けれど、話し合いは難しいように感じる。

 一度、冷静になってもらわないと。


「……大さんは、私たちを責めてどうしたいんですか?」

「どうって! そんなの──」


 続く言葉が出ない。そのことに対して、やっぱりと思う。どうして欲しいかなんて、本人も分かっていないのだ。

 誰かのせいにしたい。行き場のない気持ちを発散させたいだけなのだ。自身の心を守るための防衛反応といってもいいだろう。


「オレは……」


 言葉に詰まり、視線をそらす。きっと、自問自答している。

 自分の気持ちに向き合って欲しい。誰かのせいにするのは、簡単だ。実際、私は見殺しにしている。私のせいだということに間違いはない。

 でもね、もしも誰かのせいだと思うことで、自身の心を慰めているのだとしたら危険だ。

 そんなことをし続ければ、心の傷の表面だけが塞がってしまうかもしれない。もっともっと奥の方が膿んで、気が付いた時には手遅れになってしまうかもしれない。


 だらりと垂れた、大さんの手が悲しい。きっと考える時間が必要だ。

 ここから立ち直れるのかは、私には分からない。支えることもできない。


「本当に、すみませんでした」


 大さんを止めにきた青年が頭を下げる。きっと親しい仲なのだろう。もしかしたら、ようさんとも親しかったのかもしれない。


「貴女達が来て下さらなかったら、死者は洋だけでは済まなかった。命の恩人です。助けてくれてありがとうございます」


 自身も辛いだろうに、こうして礼を言う。その姿もまた、胸が痛かった。きっと、仲間を何人も目の前で失ってきたのだろう。


 何と答えれば良いのか分からず、言葉を探そうとした時、遠くからこちらに向かってヒュンッと飛んでくるものが見えた。


「恋々!」

「はい!! お任せください、花様!!」


 恋々は、鞭で大さんの真横を打った。消滅することなく落ちたそれは、矢だ。多量の穢れが付着しているものの、生き物ではないために消滅はしていない。


「──はぁっ!? 何だよ、これ」


 大さんは全く状況が分からず、矢と恋々を交互に見て、目を白黒させている。


「また来る!」


 放たれる矢を恋々が鞭で叩き落としていく。だが、こちらは防戦一方。恋々は三人を守っており、動けない。


「花様、状況が悪いです」


 恋々の言葉に頷く。

 血の臭いがする。討伐隊の人たちが地に伏している。命がある者もいるかもしれない。けれど、ここから動くことはできない。助けに行けないのだ。


「十二……。ううん、まだこっちに向かってきている 」


 私たちを取り囲むように穢れが集まっている。どんな姿をした獣なのかは分からないものの、誰かの指揮で動いているとしか思えない。

 本当に獣なのだろうか。穢れに寄生されているのは、間違いない。けれど、弓を引けるなんて人間の可能性が高いんじゃ……。


「撤退しましょう」

「仲間を見捨てろっていうのか!?」


 大さんが大声を出す。けれど、そうではない。恋々の言う撤退は、そうではないのだ。


「私たちのことは気にしないでください。貴女に一目お会いできて、光栄でした。花嫁様」

「気付いて……」


 青年は穏やかな笑みを浮かべた。これから訪れるであろう、人生の最期を受け入れるかのような笑みを。


しゅう、何言ってんだよ!?」

「もう少し、ほんの少しだけ待って……」

 

 考えろ、考えろ、考えろ。諦めてはいけない。人の命がかかっているのだ。

 戦えなくても、せめて身を守れれば、恋々は防戦一方ではなくなるはずだ。

 

「テントの布……。テントの布で、防御できないかな? 安心して野営ができるように願いを込めたの。ダメ元でやらせて。お願い!!」

 

 浄化だけではなく、雨風や寒さ暑さ、外的な要因を全て弾いて、安心して休めるように願った。

 縫い付けた刺繍はどれも魔除けや身を守る願いなどが込められているもので、矢、トンボ、結び、桜、コウモリ、鶴、亀、武田菱……背守りの図案ばかりだ。


 子どもの頃に村のばあちゃんたちが「針の縫い目は文字通りの『目』だ。背中に縫われた縫い目が、背後からやってくる魔物に睨みを利かせて守ってくれている。だから、覚えときんしゃい。子どもが生まれたら背中に縫ってやりな」と教えてくれたのだ。



「一回だけですよ。それ以上は無理です」

「ありがとう」


 私たちのいる位置は荷馬車のすぐ横だ。取りに行くにも目と鼻の先である。それでも、その距離が憎い。


「私が取ってきます。花嫁様はこちらでお待ちください」


 そう言って、動こうとした習さんの腕を掴んで引き留める。分かる、分かるよ。


「待って、それは死亡フラグだから」


 好い人ほど死ぬのよ。あと、噛みついてくるタイプも即死パターンが多いから、大さんも危険だ。

 

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