第31話 浄化され……てない?


 白樹は、私の手と清さんのお母さんの手を重ねてくれた。そのことに小さくお礼を言い、そっと握る。

 

 パチリ……、と反発するかのような痛みを感じた。まるで、静電気のような。

 

「…………え?」

 

 浄化され……てない? 確かに手を握っているのに、穢れが消えていかない。

 今まで浄化できなかったことなど、なかったのに。

 

 原因を探さないと……。視界は真っ黒なので頼れるのは視覚以外の五感のみ。

 けれど、頭がずっしりと重くて、思考が上手く働かない。

 

「あれ? 金木犀の香りがしますね。もう時期は過ぎたと思ったのに……」

 

 その言葉に、浄化はされているのだとホッとした。

 浄化はされている。なのに、穢れが減る気配がない。

 

「白……」

 

 小さな声で呼びかければ、私の耳元で返事をする声がした。思いの外、近くにいてくれたらしい。


「浄化しているのに減らない。むしろ、増えている気がする」


 浄化をしても減らないのであれば、そのスピードと同じ、あるいはそれ以上の速さで穢れが集まっているということ。


 これでは全く浄化のスピードが追い付かない。冷や汗が止まらず、思考が拡散していく。


 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……。


 凶暴化した彼等のように、浄化したら消えてしまうわけではない。助けられるかもしれないのだ。

 今度こそ。


「花さん。顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」


 私を心配する清さんの声がする。その声に組紐の存在を思い出した。清さんに寄ってきた穢れを弾いてくれていた梅結びをした組紐。


「私は大丈夫です。ありがとうございます」


 そう答えながら、何て言おうかと考えるが良い案は浮かばない。考えること事態がこの状況では厳しくなってきているのだ。

 穢れの中は、私を消耗していく。

 

「清さん。お母さんの体も心も悪いものが蔓延はびこっています。清さんの気持ちを沈ませていたものと同じです。上手く説明できませんが、私にはそれが見えるんです」

「えっ? あ、はぁ……」


 清さんの困惑した返事に、まずいと思った。説明を失敗したのだ。

 それは分かるのに、何が悪かったのかは分からない。


「この家の中にもたくさん悪いものが蔓延まんえんしていて、それをどうにかしないといけなくて……、えっと…………」


 私は今、何を話している? 何をしようと思っていたんだっけ? 

 


「花、無理するな。浄化に集中しろ」

「出直すのも考えた方がいいわ」


 私の背中を白樹が支えてくれる。

 そうだ。私は浄化のために何かを……。


「浄化のために、何か必要だって思ったんだけど……」


 何だったっけ? 頭が重い。


 早く浄化しないと。今度こそ……、今度こそ助けるんだ。もうこれ以上、悲しむ人を増やしたくない。

 目の前で命が消えてなくなるのも、すり減っていくのも、もう見たくない。


 それなのに、気持ちばかりが上滑りをして、肝心なことが分からない。


「花! 花っっ!!」


 私を呼ぶ声がする。何度も必死に。大丈夫だよって言いたいのに、空気が口からこぼれていくだけで声にならない。

 どぷん──と沈んでいく感じがする。


  

 ***



 真っ白な空間にいた。私の周りには黒いものが漂っている。穢れだと思って浄化しようとしたが、触れる前にするりと避けられてしまう。


 私の手を避けた黒いものは、泣いているように震えていた。その一つ一つが訴えてくる。


『悲しい』『寂しい』『苦しい』『何で私だけ』『あいつばっかり』『助けて』『助けて……』


 そんな言葉をひたすらに繰り返している。


『あんたも、そう思うでしょ?』


 同意を求める声。声がした方を向いても、黒いものが浮いているだけ。


「何を言っているの?」


 そう言った瞬間、黒いものがぐるぐると私の周りを回りだす。


『我が儘で自分本意』『弱くて、誰も助けられない』『あんたのせいで、死んだ』『浄化の力を持っているのに、守られているだけ』『役立たず』


『役立たず』

『役立たず』

『役立たず』


 私を取り囲んで、責めるように繰り返す。

 その言葉に自嘲が漏れた。


「これは病むなぁ……」


 白樹と話す前の、弱い自分をひたすら責めていた時の私だったら、確実にのみ込まれていた。

 今だって、くるものがある。


 痛いところを確実についてくる。これは、私の心が見せているのかもしれない。


「人の不安につけ込むやり方かぁ。反吐へどが出るわ」


 にこりと微笑む。きっと、わざとらしい笑みだろう。仕方がない。怒っているのだから。

 心を覗き込んだのだろうか。それとも、精神作用のある何かをしたのか。


「清さんも、清さんのお母さんにも、こうやったの?」


 黒いものからの返事はない。

 その代わりと言わんばかりに『別の花嫁だったらなぁ……』『なんで、あんたが花嫁なの?』と、さっきとは別の痛みを投げかけてくる。


「あー、うるさい。黙りなよ。あんたの言うことなんか聞かないから」


 にらんでも、気にした様子すらない。それもそうか、これは私の不安を見ているのだから。

 あぁ、鬱陶うっとうしい。自分の不安を見せられている暇なんかないのに。


「こんなことやってる暇はないの。さっさといなくなって。……ねって言ってるでしょ!!」

 

 

 

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