第18話 地獄に寄り添う者
隣の鉄格子へと足を踏み出そうとした時、白樹が道を塞ぐかのように私の前に立った。
「これ以上は駄目だ。今のようなやり方は
「……通して」
脇を抜けようとしたら、腕を掴まれた。さっきまで白樹を止めてくれていた輪さん、善くん、あっくんも、今度は私の味方をしてはくれないらしい。
「浄化しなくちゃいけないの。離して」
「駄目だ」
私たちが言い争っている間も、鉄格子がガチャガチャと揺れている。
「花嫁の願いは絶対なんでしょう!?」
「怪我をするのをただ見ていろと言うのか!!」
白樹の声に肩が震えた。怒っているのだと、悲しんでいるのだと、白樹の目が、声が、言っている。
それでも譲れない。好きでこの力を手に入れたわけじゃない。けれど、何もしないわけにはいかない。知らなかった頃には戻れない。
「そんなこと言ってない。浄化をしたいだけ」
もしかしたら、一人くらい助かるかもしれない。そう思いたくても、さっきまでのように助けられるとはもう思えない。負けないで欲しいなんて言えない。
助からないであろう彼等に、終わりを迎えさせるのだ。
「……手伝わせてくれ。それが条件だ」
その言葉に頷いた。きっと、これは白樹からの最大限の
そこからは、鉄格子から伸ばされた手を白樹と善くん、あっくんが抑えてくれ、一人ずつ手に触れることで浄化をしていった。
一人浄化をする度に、その人物がどんな人だったのかを輪さんが教えてくれた。浄化する前に聞けなかったのは、その人の人生を知ってしまえば、終わりを迎えさせることに
私は相も変わらず弱いのだ。
あっという間に、鉄格子の中にいた十二人の浄化が終わり、残りは一人になった。
最後の一人は、一番奥の鉄格子のなかで寝ていた。床に転がっていびきをかいている。
「
輪さんは寝ている男性に鉄格子の外から石を投げつけている。
仁と呼ばれた彼には黒いものがなかった。……穢れが見えない。なら、何故この中に?
「いっでぇ! んぁ? 何だ、輪かよ。って、何だこりゃ。誰もいねーじゃねーか」
周りをキョロキョロと見回して、首を傾げている。
「花様、あれはここの見張り役です。仁、このお方は白様の花嫁様です。失礼のないように」
輪さんはまるで睨み付けるように厳しい視線を向けて仁さんに言ったが、当の本人はあくびをして全く気にしていない。
「白様が家に閉じ込めたがっているっていう姫さんか。よろしくな」
「え? 閉じ込めたがってる? えっと、よろしくお願いします?」
あー、また疑問系であいさつをしてしまった。何か、こっちに来てから多い気がする。
閉じ込めたがっているとか、気になることはあるけど、それよりも──。
「何で、そこにいるんですか?」
見張り役なのに、鉄格子の中にいる意味が分からない。
「穢れに寄生されて、見張りが暴れたらまずいだろ? だから、最低限の用事以外は鉄格子の中にいることにしたんだ。これなら、万が一も安心だからな」
良いことを考えついたと言わんばかりの表情だ。だけど、それだといざという時に何もできないんじゃないかな。
「鉄格子の中にいたら、見張りの意味がないんじゃないですか?」
「何でだ?」
「見張りって、何かあった時に対処が必要ですよね? そこにいたら、すぐに動けないじゃないですか」
「確かに! 姫さん、頭いいなぁ」
仁さんは豪快に笑ったあと、思い出したかのように輪さんに頼んで鉄格子を開けてもらっていた。
「そんで、皆はどこに行ったんだ?」
「花様に浄化して頂きました」
それを聞いた途端、仁さんは大粒の涙を溢した。そして、何度も「ありがとう」「ありがとう」と繰り返す。
「良かった。本当に良かった。姫さんのおかげだ。本当にありがとう」
「いえ、私は助けられなかったので」
消えてしまった。ここにいた十二人の人生を私が終わらせたのだ。
「いや、姫さんが救ってくれたんだ。白様や善、悪の刀では穢れと一緒に魂も消滅しちまう。もう生まれ変われない。こいつらを救うことは姫さんにしかできなかった」
そう言って、仁さんはもう一度ありがとうと頭を下げた。私にそんな価値なんてないのに。
「……姫さん、何で穢れるとバラバラの牢の中に入るか分かるか?」
何でいきなり質問を? と思いながらも首を横に振る。
「昔はな、何人もを一つの牢に入れてたんだと。そしたら、共食いしたそうだ。驚くだろ? そんで、自我が戻った一瞬に殺してくれって泣くんだよ。全部、覚えてんだと。自我を失った間の出来事も全て。仲間を食ったことも、仲間と殺しあったことも」
律さんを思い出す。もしかしたら、助けてという言葉は彼が言っていたのかもしれない。あの瞬間は、自我が戻っていたのだろうか。
「こいつ等はそこまでの経験はしてない。けどよ、凶暴化した時に仲間を傷付け、殺しちまった経験を持った奴もいるんだ。耐えらんねーだろうな」
最後は呟くように仁さんは言った。そして、もう誰もいなくなった鉄格子を見て微笑む。
「こいつ等は幸せだ。どんなに苦しんでいても、俺たちは殺してやれない。穢れを次の生き物に寄生させない唯一の方法が殺さないことだからだ。獣は被害が出るからそうも言ってられないが、人の凶暴化は違う。まだ自我でいられる時間が長いうちにここに入れてしまえば、被害は最小だ。だから、凶暴化が始まると、ここで死ぬのを待つしかなかった」
どうして……とは聞かない。
魂の消滅という概念は私にはない。死んだらそこで終わりだと思っているから。でも、この世界では魂の消失が大きな意味を持つのだろう。
だから、苦しんでいても、望んでいても、
「殺さなければ、穢れは次の生き物に寄生しない……。なら、このまま何もせずに亡くなった場合はどうなるんですか?」
「多分、穢れも死ぬ。念のために
仁さんは小さく溜め息を吐くと、瞳をふせる。
「殺せば次の誰かが穢れに寄生されて、穢れを殺せば寄生された者の魂も消滅する。だが、ここで死ぬのを待つ間はその者にとって地獄だ。せめて、心まで完璧に獣になれればなぁ……」
まるで独り言のような声で言う。今はもういない彼等を仁さんは想っているのだ。
きっと、彼等にとって仁さんは心の拠り所だったのだろう。わずかな時間でも自我が戻った時、そばにいたのは仁さんだ。この薄暗い地下で、いつ終わるかも分からない地獄に寄り添い続けたのだ。
……組紐をたくさん編もう。穢れを弾いてくれるのなら、それはきっとみんなを守る手段になる。
消えてしまった彼等には何もできなかったけれど、もう同じ想いを誰にもさせないためにも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます