第13話 純粋なのに重い何か


 さて、どの色にしようか。

 健康と安全の緑、心身ともに厄を落として浄化する白、あなたを守るという意味を持つ紫。やっぱり、魔除けの黒も外せないよね。

 

「明るい色も入れた方がキレイかな。でも、落ち着いた色合いも似合いそうなんだよね。迷うなぁ……」

 

 あーでもない、こーでもないといろんな色合い試し、図案に悩んで既に三十分。そろそろ作り始めないと間に合わなくなりそうだ。

 うーん。黒と白と緑が意味合い的にもいいかな……。

 

 私は台をセットすると、せっせと作り始める。

 

 良かった、台があって。着物で生活しているし、ありそうだとは思っていたけれど、もしも台から簡易なものを作るとなると時間に間に合わなかった。


「これをあっちに、こっちはそっちに……」


 最初は思い出しながらだったけれど、徐々に一定のリズムで動かせるようになる。

 高校生くらいまで、たくさん作っていた。ちゃんと覚えていたことに安堵しながら夢中になって編んでいく。


「──できた!」


 久々に作ったわりには、なかなかの出来だと思う。これなら、渡しても恥ずかしくない。喜んでくれるだろうか。



「あれ? まだ一時間弱あるのか……。久々だからもっとかかると思ってたけど」


 どうしようかな。もう一つ作る? 浄化の力があるのかって、どうやったら分かるんだろう。


「とりあえず、白樹さんのところに行って聞いてみる?」


 でもなぁ、忙しいよね……って、嘘でしょ? どう考えても、迷ってたよね? 行くって決めてなかったよね!?

 金木犀の香りとピンクのドア。こちらの都合なんて考えなしに開く扉。ちっとも屋敷は私の良いようになどしてくれないのだ。

 

「真理花?」

 

 匂いで分かったのだろう。扉が開くと、白樹さんがこちらを見た。

 

「すみません。忙しいのに……」

「いや。今、俺一人でできることは限られているから」

 

 そう言って、金の瞳を細めてくれる。肉食獣を思い出す瞳も、私に向ける眼差しはいつも穏やかだ。

 

「何かあったか?」

「あ、うん。これ……」

 

 そう言いながら、渡すのにラッピングもしていなかったことをちょっと後悔する。そんな私が出したものを、白樹さんは凝視した。

 

「……俺に?」

「う、うん。効果は分からないけど……」

 

 あれ? もしかして、これって白樹さんへのはじめての贈り物?

 

「や、やっぱり待っ──」

「……嬉しい。大切にする」

 

 頬は色づき、へにゃりと白樹さんは笑う。私はこの表情かおに弱いのだ。

 浮世離れするほどに美しい彼が、子どものように笑う。心から嬉しいのだと、言われなくたって表情で分かる。

 

「着けてくれるか?」

 

 そう言って、差し出された左腕。そこへ二重に巻いて留め金具をした。

 三色で編んだ波のような模様の組紐くみひもはとても白樹さんに似合っている。だけど、せっかくだからもう少し凝った図案で作れば良かったかな……なんて思ってしまう。

 

「黒は魔除け、白は浄化だな。きんは、金運か?」

「ううん。白樹さんの瞳の色だから」

「俺の?」

「本当は緑にしようと思っていたんです。だけど、キレイな金の瞳を思い出して、気がついたらその色を選んでいました」

 

 私は白樹さんの目が好きなのだ。私を見るとき優しくなる瞳に、どれだけ救われてきただろう。

 みんなが親切にしてくれているのに、歓迎してくれているのに、どうしても不安になることもあった。

 そんな時、いつも白樹さんの柔らかい眼差しが、ここにいても大丈夫なのだと思わせてくれたのだ。



「白樹さん、ありがとう」

「もらったのは俺なのに、真理花が礼を言うのか?」


 小さく首を傾げ、不思議そうに白樹さんは私を見る。


「帰りたいという気持ちはやっぱりある。だけど、それと同じくらいあなたといたいと思うようになった。白樹さんはいつでも私がここにいてもいいのだと思わせてくれるんです」

「ここにいてもいいじゃない。ここに、俺のとなりにいて欲しい」


 さっきまでへにゃりと笑っていたのに、真剣な顔で私を見る。金の瞳に熱をのせて。

 どくり、と大きく胸が跳ねる。惹かれてはいけない。帰りたいと願っているのなら。この想いが大きくなれば、きっと苦しむことになる。


 それなのに、予感がする。もう忘れていたと思っていた感情が呼び起こされる。

 視線が合うだけで泣きたくなるほど嬉しくて、会えないときは寂しくて。いつもその姿を探してしまう。

 まるで、世界の中心があなたになってしまうような。そこには、見栄も、世間体も、打算もない。好意なんて可愛らしい言葉ではおさまらないほどの、純粋なのに重い何か。



「真理花、そんな顔をするな。大丈夫だ。わかっているから」


 そう言って、泣きそうな顔で笑う白樹さんはきっと分かっていない。私たちの関係が変わろうとしていることを。


 私は白樹さんの花嫁としてここにいるけれど、私たちの間に夫婦らしさは一切ない。寝室も別なら、唇へのキスだってしたことがない。

 白樹さんの胸のなかの温かさは知っているけれど、恋人としての距離感ではない。強いていうのなら友だち以上恋人未満というところだろうか。



「白樹さん、帰る方法を探すのは止めます」


 信じられないものを見るような、驚きと嬉しさを隠せない彼の表情かおを心のどこかで愛しく思う。けれど──。


「安心して帰れるようになったら、また探そうと思うんです」


 今の状況で帰れることになっても、私は帰れない。帰ったとしても後悔するし、こちらに来る手段を懸命に探すだろう。


 あなたが、あなた自身をかえりみずに討伐へと向かわなくても済むようにする。それがここに来た意味だと思うから。


「だから、一時休止ですね」


 帰れるようになった頃、私はまだ帰りたいと望むのだろうか。

 自分でも分からないけれど、その時にまた考えればいい。


「一緒に戦わせてください」


 握手を求めて手を出せば、白樹さんは膝まずいた。そして、私の手をそっと握ると指先に口づけを落とす。


「危険な目にはあわせない。何があっても守ってみせる」


 それは私に向けて言ったというよりも、白樹さん自身に向けての言葉のように聞こえる。だけど、その気持ちは私も同じだ。


「私も、何があっても白樹さんを守ってみせます」


 白樹さんを立たせ、私も膝まずく。そして、同じ様に白樹さんの指先に唇を寄せれば、すごい勢いで手を引き抜かれてしまった。


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