第14話 寸分の狂いもない七三がトレードマークです。


「白樹さん?」


 見上げれば、りんごのように赤く染まる顔が私を凝視している。


「な、何を……」

「何をって、白樹さんのまねですよ」


 そう言って笑いかければ、眉間にギュッと力をこめて下唇を噛み締めてしまう。


「そんなに噛んだら、血が出ちゃいますよ?」


 立ち上がり、唇に手を伸ばす。これ以上、赤くなれないんじゃないかってくらい真っ赤なのに、白樹さんは避けない。


 キレイでかっこいいのに、なんて可愛い。なんていうか、わんこ系? あぁ、耳の幻覚が見える。



「白樹って呼んでもいいですか?」


 小さく頷く彼のはにかんだ笑みに心臓がギュンッとなる。

 本当はね、予感がするなんて誤魔化したけれどとっくに捕まってた。さん付けで呼んで、敬語を使って、できるだけ距離を置くように接した意味なんて何もなかった。

 毎日顔を合わせて、一緒にご飯を食べて、他愛もない話をして。嬉しそうに笑って、時々ギュッと抱きついて、離れるときは少し寂しそうで……。

 気が付いたら、もう取り返しのつかないところまでスコンッと落ちていたのだ。


 

「白樹……」


 好きだという言葉はのみ込んで彼の腕を取ると、組紐のブレスレットに唇を落とす。


 どうか、白樹を守って──。


 ぶわりと今までにないほどに強く金木犀の香りが立ちこめる。


 黒く轟くあれは、きっと手強てごわい。私の浄化の力では敵わないかもしれない。

 それでも白樹は戦うのだろう。誰よりも最前線で。私も一緒に連れていってくれるだろうか。


 

 ***

 


 組紐のブレスレットを作ってから三日が経った。相も変わらず、私はこの屋敷から一歩も出ていない。

 私が来るなら討伐隊の編成の見直しが必要だからと、討伐にも連れて行ってもらえないのだ。


 それでも少しは進歩があった。白樹に渡した組紐のブレスレットに効果がみられたのだ。

 討伐から帰って来た彼がまとう空気が明らかに軽くなり、刀に付着している汚れが減った。三割減といったところだろうか。

 

 効果があると分かったので、私は毎日せっせと組紐を編んでいる。


 

「花さん、僕のには桃色を入れてくださいね!」

「オレは黒だからな。かっこよく作れよ、花」

「はいはい。ぜんくんは桃色で、悪くんあっくんは黒ね」

 

 白樹と討伐に毎回一緒に行く、善くんとあっくん。まさか二人がまだ七歳の子どもだったなんて三日前まで知らなかった。子どもだけど、大人よりも強いんだって。

 今は、二人から組紐の色のリクエストがあって、それに答えているところ。渡してあった組紐もあるんだけど「好きな色とかあったら言ってね。もう一個作るから」と伝えたら、喜んでリクエストに来てくれたのだ。


 

「あ、二人とも刀出してね。けがれを落とさないと」

 

 そう言うと、二人は素直に刀を出した。一端、組紐を編むのを中断して浄化をする。緊急の討伐が入ったら、大変だからね。

 

「花さんのおかげで討伐がらくになって助かります」

「花のおかげで、殺さないと砂になんなかったのが、今は傷を負わせたところから獣が砂になるんだぜ」

 

 ただ私が刀を拭いて穢れを落とすのを二人はじっと見ている。

 

「はい、おしまい」

「これで浄化されてんだもんな。不思議だよなー」

 

 あっくんの言葉に善くんも大きく頷いている。私だって不思議なのだから、穢れが見えない二人にとっては、もっと不思議に見えるのだろう。

 


「ねぇ、他の人の組紐はどうだった? 何か変わった?」

「ううん、特には。この腕飾りじゃ、穢れを倒すのは無理みたいです」


 今日は、新しい取り組みとして討伐隊の人たちに組紐をつけてもらったのだ。今日出動した部隊は少数隊なので八人ほど。 

 もしかしたら、特別な刀がなくても組紐をつけていれば、穢れを倒したり、浄化したりできるんじゃないかと期待したんだけど、そう簡単に上手くいかなかったようだ。

 

「そっか。何も変わらなかったのかぁ。そうしたら、三人にだけ作ればいいのかな……」


 残念だけれど仕方がない。白樹、善くん、あっくんの三人の役に立てただけでも良しとしないとだよね。

 あとは、直接私が討伐に行けたらいいんだけど。白樹が許してくれないんだよなぁ……。


 

 ちりーんという風鈴の音がした。ということは、白樹が来るのだろう。

 焦げ茶色の、私のよりも少し重そうなドアが現れる。いつもは自動で開かれるそれは、バンッと勢いよく開いた。


っっ──」


 慌てて扉を潜ってきた白樹は、善くんとあっくんを視界に入れるなり、言葉を止めた。


はな。作ってくれた組紐が防いだ」

「えっと、何をですか?」


 相も変わらず言葉が足りない。だけど、悪い話ではないだろう。白樹が嬉しそうだから。


「組紐が穢れがつくのを防いだんだ。詳しくは、りんに頼む」


 白樹は扉を再び開くと、輪さんを呼んだ。


「花様、お邪魔いたします」


 銀縁眼鏡の輪さんは戦闘ではなく、参謀なんだそう。寸分の狂いもない七三がトレードマークだ。


「こちら、花様が作られました組紐でお間違いありませんか?」


 銀縁眼鏡をくいっと指で押し上げながら見せてくれたのは、確かに私が作った緑ベースの組紐だ。記憶と違うのは不自然なほどにまっすぐ真ん中で切られているということ。


「凶暴化した獣の群れを討伐していると、討伐隊の誰かが凶暴化するということが起きるのですが、今日はそれがなかったのです。つまり、この組紐は穢れを弾く力が──」


 ん? 討伐隊の誰かが凶暴化することがあったの? それが、今日はなかった……と。


「……輪さん、ちょっとだけ待ってもらってもいいですか?」

「それは、構いませんが……」


 どういうことだ? 確かに、人も凶暴化するとは聞いていた。だけど、そういう話を私は一切聞いていない。


はく?」


 白樹に視線を向ければ、逃げるかのように視線をそらされた。


 

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