第12話 守られているだけなんて、御免だ。


「ん? 西の国、紅月こうげつがある。海の先に少しだけ見える陸はもう紅月だ」


 やっぱり、白樹さんには見えていない。私には海も、その先にある紅月もまったく見えないのだ。


「森の先が……真っ黒なんです。海がなくて、真っ黒で、うごめいてて、そこから虫のようなものが飛んで来てるみたいなんです」

「真理花、詳しく教えてくれ」


 きっと見えている黒いもののすべてが穢れだ。穢れは海から発生しているのだろうか。それとも、紅月から?

 もしかしなくても、凶暴化した獣が増えたのも黒いのが原因かもしれない。

 


「花様、お待たせしました! チョコレートちょこれいとももらって来ました……よ……。花様?」


 場にそぐわない明るい、恋々が私を探している声がする。そういえば、お茶を頼んでいたんだった。


れん、ここだ」

はく様。いらしてたんですね」


 楽しそうだった恋々の声のトーンが落ちる。


「恋、落ち込んでいる暇はない。ぜんあくを呼べ、それからりんとドクターもだ」

「げ、輪もですか? 何があったんです?」

「質問はあとだ。さっさと行け」


 ちりーんという音とともに扉が現れ、強制的に恋々は部屋から出されてしまった。


「真理花、見えるものを詳しく教えてくれ。皆にも説明を頼みたい。それと、すまないが刀の浄化もお願いしてもいいだろうか……」

「もちろんです!」



 みんなが到着する前に、ささっと刀の浄化をやってしまおう。浄化と言っても、ただ水で濡らした布で拭き取るだけなのだが。


「最近、凶暴化した獣が増えたのは穢れが原因ですか?」

「可能性は高い。問題は穢れを倒せるのが俺を除くと善と悪しかいないことだ」

「……穢れって倒せるんですか?」


 浄化以外にも手段があったのか。でも、穢れが見えないのにどうやって?


「倒せると言っても、穢れで凶暴化した生き物を殺すと、穢れも消滅するだけだ」

「凶暴化した生き物を殺せるのが三人だけってこと?」

「いや、殺すだけなら他の者にもできる。だが、他の者が殺しても穢れは消えず、別の寄生先を探す」

「寄生先?」

「あぁ、穢れは生きているもの全てに寄生できるからな」


 生きているもの全て……。


「まさか、人にも……ですか?」


 深刻な顔で白樹さんは頷いた。汚れは人をも凶暴化させる。汚れが原因で凶暴化した獣が増えると、暴行や殺害といった犯罪も増えるらしい。


「できるだけ穢れを消滅させたいですね。どうやって穢れが消えたか分かるんですか?」

「命を奪うと、穢れを受けた生き物は砂のように崩れる」


 なるほど。殺してから穢れていたかが分かるのか。それじゃあ、人が相手では無理だ。怪しいからって、殺すわけにはいかない。

 それに、白樹さん、善さん、悪さんだけで穢れを倒すのも大変だよね。他の人はせっかく穢れた生き物を倒しても、別の寄生先を探して再び凶暴化させてたら、いつまで経っても討伐は終わらない。


「他の人と三人との違いって何ですか?」

「これだ」


 そう言って、白樹さんは腰の刀を鞘ごと小さく揺らす。


「千年前の花嫁が打った刀だと言われている」

「花嫁の能力で穢れを消せる刀が作れたってことですかね……」


 それだと私にはまねができない。

 ならば、穢れの浄化を……と思っても、一人でやろうにもあの大きさでは無謀でしかない。先にのみ込まれるのがオチだろう。

 何か、手を考えないと……。


「いや、花嫁が作るものに能力が宿ることがあるから、それだと思う」

「それって、私にもできますか!?」

「可能性はある」


 能力が宿るなら、私が作れば浄化能力が付属されるかもしれない。……でも、刀は作れないし、武器も無理そう。

 あっ! あれなら作れるかも。昔、散々作ったし。


「白樹さん、みんなが集まるまでどれくらいかかりますか?」

「……二時間だな」


 それだけあれば簡単なものなら十分だ。


「白樹さん、やってみたいことがあるんです」


 やっと、私にもできることが見つかったかもしれない。恋々は今いないから、雪さんに頼もう。きっと、この世界にもあるはずだ。

 

「雪さんのところへ」


 ピンク色のドアが現れるとともに、金木犀の香りが広がる。


「ちょっと頑張ってきます」

「一緒に行く」

「大丈夫ですよ。白樹さんもやらなきゃならないこと、たくさんあるんでしょう?」


 白樹さんは「そんなことない」と言ったけれど、私よりもたくさんあるはずだ。


「無理はするな」

「ふふっ。ありがとうございます。二時間後、どこへ行けばいいですか?」


 自動で開かれていく扉を潜りながら、白樹さんへ聞く。


「応接間で待っている」

「わかりました。白樹さんも無理はしないでくださいね」


 ぱたりと扉は閉じられた。私の声は最後まで届いていただろうか。


「雪さん、今すぐ用意して欲しいものがあるんですけど──」


 さぁ、私にできることをしてみよう。上手くいくかなんてわからない。だけど、守られているだけなんて御免だ。

 白樹さんのこと、みんなのこと、私だって守りたい。守れるはずなんだ。そのために与えられた力のはずでしょう?


 ねぇ、神様。もしも私のこの力が誰も守れないものだったのなら、この世界に私を連れてきたあなたを心底恨んでやるんだから。

 

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