第8話 もうだめだ。


 恋さんのお陰で、何となくだけどやっと状況把握ができた。白樹さんも頑張ってくれたけど、やはり言葉不足でほとんど執事の郎さんが説明をしてくれた。



 この世界は東西南北で四つの国で別けられている。

 東が陽元ようげん。西は紅月こうげつ。北を雪華せつか、南を歌炎かえんと呼ぶ。


 私がいるのは陽元で、白い龍の神様が守ってくれている。西は紅い虎、北は青い亀蛇きじゃ、南は黒い鳥の神様がいるんだとか。


 青龍、白虎、玄武、朱雀の四神と関係がありそうだけど、生き物としては同じでも色合いがずいぶんと異なっている。


 それぞれの国は、地球の別々の国から花嫁を迎える。陽元だけは必ず日本から花嫁を迎えるのに対し、他の三国は時代によって違うらしい。

 えっと、四神は中国の神話だったはずだよね。陽元だけは必ず日本から花嫁を迎えるということに違和感があるんだよなぁ。必ず中国から迎えるのなら理解できるんだけど。

 陽元は『もと』とも取れるから、昔から日本との関わりが深いのは想像がつくけど、それだけだしな。


 それで、今は北の雪華せつかにフィンランドから、南の歌炎かえんにインドからの花嫁がいるんだって。


 四つの国すべてに異界からの花嫁が揃うことは過去になく、この世界が創設されたお伽噺とぎばなしでだけ語られている。

 そこには『世界が破滅の危機を迎えるとき、全ての国の花嫁が揃い、浄化の花嫁の力をもって世界を救うだろう』と書かれてるのだとか。


 まさかの私が浄化の花嫁であり、三つの国に花嫁が現れるのはおよそ三百年ぶりなんだそう。



 私は白樹さんが言っていた「代々、国のおさの花嫁は他所から来る」という言葉をふっと思い出した。


「あの、国の長は世襲せしゅうなんですか?」

「そうだ」

「でも、四か国すべての花嫁が揃ったことはないんですよね? 三か国に花嫁がいることになるのも三百年ぶりだって言ってましたし」

「そうだな」

「……そうすると、国の長は独身のままという可能性が異様に高くなりますよね? あと、白さんのお母様はやはり日本人なのでしょうか?」


 もし、白樹さんのお母様が日本人であれば、色々と教えてくれるかもしれない。まだお会いしてないけど、白樹さんは私より年下に見えるから、ご存命である可能性が高い。


「母は日本人だ」

「本当ですか!! お会いしてみたいです」

「すまない。既に他界している」

「あ……、ごめんなさい」


 なんて、失礼なことを聞いてしまったんだろう。きっと、若くしてお亡くなりに……。


「いや、九十八歳まで生きたからな。大往生を遂げたと思っている」

「……九十八歳。あの、白樹さんっておいくつですか?」

「肉体は二十五歳で止まっているな。実際はどのくらいか数えていない」


 あ、これ分からないやつ!! 郎さんへ視線でヘルプを求めると、すかさず教えてくれた。


 白樹さんたち国の長は、花嫁を迎えるまで何故か二十五歳で年齢を重ねなくなるらしい。花嫁が来るまで二十五歳のままでいることになり、周りだけが歳をとっていく。

 だから、国の長が独身で生涯を終えることはなく、ひたすらに花嫁を待ち続ける。それはまるで──。


「呪いのようだろう?」


 そう言って、白樹さんは笑う。

 

 私が帰りたいと言った時、どんな気持ちだったのだろう。どんな気持ちで私が帰る手段を探すと言ってくれたのだろう。

 私はなんて身勝手なことを言ってしまったのか。そう思うのに、やっぱり帰りたいと願う私はなんて……。


 白樹さんの顔を見ることができず、視線をそらす。


 なんで私だったんだろう。私よりももっと相応しい人がいたはずだ。

 白樹さんと出会えたことを心から喜べて、添い遂げられるような人が。どうして私なんかが……。


 そう思ったって現実は変えられない。まだ、夢や死後の世界だという疑惑を捨てきれてもいない。

 寝て起きたら実家だった。なんてことを期待している。


 だけど、ここが例え夢や死後の世界であっても、今の私にとって目の前にいる人たちは生きているのだ。触れた手は優しかったし、私に向けてくれる眼差しはあたたかい。


 そんな人たちの気持ちに答えたいと思う気持ちもあるのに。踏み出す勇気が持てない。



「花、泣くな」


 その声と共に私の腕は引かれ、白樹さんの胸のなかにいた。

 目の前は、白樹さんの真っ白い着物だけ。聞こえる胸の鼓動は少し速く一定のリズムを刻んでいる。


「頼む、泣かないでくれ」


 その声は懇願こんがんに近かった。ギュッと強く抱きしめられる。ちょっと苦しいと思うくらいに。


「泣いてませんよ」


 ただ自己嫌悪に陥っていただけだ。自分勝手な私に勝手にがっかりした、それだけのこと。


 腕の力が弛み、あごを持ち上げられる。私を心配そうに見詰める白樹さんが、なぜか歪んで見えた。


「あれ?」


 目尻をそっと、細いけれど男性だと感じられる骨張った指で撫でられる。


「泣いてる」


 呟かれた言葉。瞬きとともに落ちていく涙。一瞬だけ視界がクリアになるが、すぐにまたいびつになる。


 あぁ、泣いているのか。やっと頭が理解した。


 けれど、理解したところで溢れてくる涙は止まらない。「すみません。いい年して恥ずかしいですよね」と言って笑おうとした。けれど、言葉は上手く発せられることなく、嗚咽が漏れるばかり。


 そんな姿を見せたくなくて、できることはうつ向くことだけだった。


 つらいのは私じゃない。白樹さんだ。

 そして、彼を悲しませるようなことを言ったのは私で、泣く資格なんかない。


 泣き止め、泣き止め、泣き止め!! 困らせるな。しっかりしろ!!


 自分を叱責してみるが、上手くいかない。



「花、大丈夫だ。必ず、帰してやる。だから、泣くな」


 あ……。もうだめだ。そう思った。

 

 

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