第6話 中二病、仲良くしよう。

 百聞は一見にしかず。聞いても分からないなら、自ら体験してみればいい。母からはよく、向こう見ずだって言われたっけ……。


「どんな契約がしたい?」

「……白樹はくじゅさんは、どんな契約をしているんですか?」


 疑問に疑問を返す形になるが、分からないものは仕方がない。


「ざっと百は越えるが……」

「分かりやすそうな、目に見えるものでお願いします」


 百を越えるとか、この世界では普通なのかな。国を納める人は特別な線が濃厚か……。

 気にはなるけど、脱線ばかりもしていられない。まずは契約についての把握をしないと。


「まず、この屋敷と契約している。これは、私が認めた人物が、認めた範囲で使用できることも含まれる」

「えっと……」

ろうは俺の執務室への入室の許可をしているが、れんは許可なく入れない」

「郎さんは執事さんだから入室する必要があるけれど、恋さんは私専属のメイドさんになるからですか?」

 

 私の質問に白樹さんは頷いた。

 

「認めた範囲内であれば、皆が屋敷内を自由に行動できる」

「それが突如現れるドアなんですね」

「あれは、俺と真理花だけだ。真理花はどこでも行き来できる」

「えっ!? 今日出会ったばかりの人にそんなことしたらだめですよ」

「何を言ってる? 妻なのだから、当然だ」

「……そうですか」

 

 なんか、妻扱いされることに慣れてきてしまった。いちいち反応してたら疲れるし、省エネでいこう。

 

「他にはどんなのが?」

 

 その質問に白樹さんは左の腰に着けている日本刀のようなものを抜いた。

 あれ? なんか色が変。赤黒くて、まるで血が固まったみたいな気味の悪い色がところどころに付着している。

 

「白樹さん、その刀って最初からそうなんですか?」

「あぁ。両刃になっている。我が家に代々伝わる刀だ」

 

 ん? 噛み合ってない? 確かに日本刀と言えば片側に刃がついているイメージだけど。

 

「いえ、私が言ってるのは最初からその赤黒いのが付着していたんですか?」

「何か見えるのか!?」

「え、だから赤黒いのが……」

 

 そう答えた途端、白樹さんは片膝をつくと上に向かって刀をかかげた。

 

「神よ、感謝する」

 

 あ、やっぱり宗教関係者だった。気のせいでなければ、金の瞳には涙が溜まっている。瞬きをすれば、今にも溢れ落ちそうだ。

 いったい、何に感動するところがあったんだろう。白樹さんって、ちょっと……。いや、かなり個性的だよなぁ。

 

「真理花、その赤黒いやつを落としてくれないだろうか」

「えぇ!! 今ですか?」

 

 興奮ぎみに大きく頷かれ、なぜか期待に満ちた目で見られる。 

 契約の話が途中なのは気になるものの、特に断る理由もない。落ちる汚れなら、自分で落とせばいいのに……という言葉はのみ込んでおく。

 

「わかりました。水道は借りられますか?」

 

 そう聞いた途端、親しみのある花の香りが吹き抜け、目の前に扉が出現した。何回見てもファンタジーだし、急すぎるから心臓に悪い。

 しかも、さっきの扉と違う。某アニメで見たようなピンク色をしている。思わず、「ど●でもドアー!」と脳内再生されてしまった。

 

「真理花の扉は桃色か」

「えっ? これ私のドアなんですか?」

 

 あれか? 一瞬だけ、ど●でもドアみたいって思ったのが原因か?

 なんて考えていたら、やっぱり自動で扉が開いた。

 

 洗面所のような場所へと繋がっていたらしい。今いる自分の位置がまったくわからない。

 あとでお屋敷の見取り図をもらおう。これじゃ、まったく歩かなくなっちゃう。不健康だ。なるべく歩いて移動しないと。

 

 ポケットから淡いグリーンに橙色の花が小さく刺繍されたハンカチを出す。一目惚れして買ったそれが汚れてしまうのは惜しいけれど、仕方がない。

 ハンカチを水に濡らすと、白樹さんから刀を借りる。


「あれ? 重くない」

「手にした者が使いやすい重さになるようにできている」


 ここでもファンタジーかい! そう心のなかでツッコミを入れながら、ハンカチで汚れを拭く。

 例え落ちたとしても、一回ではどうにもならないだろう。そう思っていたのに──。

 

「えっ?」

 

 まるで砂時計の砂がサラサラと落ちていくかのごとく、私がハンカチで触れたところから汚れが粒子りゅうしとなりこぼれ落ちていく。

 いつの間にか濃い金木犀きんもくせいの香りがただようなか、その汚れは床まで届くことなく、消えていった。

 

 この世界は汚れまでファンタジーなの? それとも、これが神様から与えられた力? スーパー掃除能力ってやつ? 国を守るために役に立つのかはさておき、確かにこれなら神様を信じるよね。

 ちょっとヤバそうとか思って、悪かったな。

 

「どうだ?」

「落ちました。これで完了です」

 

 もう何も考えまい。すべてがファンタジー。それでいいじゃないか。神様万歳。中二病万歳だ。中二病、今日から仲良くしよう。


 私は思考を放棄して、すべてを受けれることにした。そうしないと脳の疲労がすごい。

 こんなに理解の範疇はんちゅうを越えてくることなんて、私の人生においてこれ以上ないと思いたい。

 

「……すごい」

「そうですよね。すごいですよね」

 

 何が? とか聞かないからね。省エネだよ。省エネ!!

 契約の話はどこ行ったの? とかも聞かない。もう頭がくたびれた。それはまた後日にしよう。

 

「本当に、浄化の能力持ちだったのか」

「はい? 掃除能力じゃなくて!?」

 

 今、なんて言ったの? 浄化? え、思ってたのと違う。というか、わりと大それた能力感が出てるんだけど……。


 というか、感動してるのは分かるよ? 分かるんだけど、さっさと説明してくれないかな。また後日にしようとか、のんきなこといってる場合じゃない気配がする。

 私の脳よ、もう少し頑張ってくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る