第10話「ラブコメなんて狂気の沙汰だ」

「お兄ちゃん! 大変なことになりました!」


 妹が言う大変なこと、あんまり大変じゃない確率の方が高いと思うな。そんなことはさておき、今さらこれ以上大変なことがあってたまるか。カオスを煮詰めてそこにナトリウムをぶち込んだような謎物質に今さら何が起きれば驚くと言うんだ?


「なんと! 記録者が! 私たちの関係はラブコメだと言い張ってます!」


「は……!?」


 意味が分からない、コメディなら一億歩くらい譲ればあり得るだろう、俺たちはそんなものを望んでいないがな。それを言うに事欠いてラブコメとか正気か? いや、聞き間違えか言い間違えかも知れない。


「意味が分からないんだが、落ち着いて安定した精神状態でゆっくり言ってくれるか」


 とりあえず落ち着かせよう。焦っていては話すものも話せないというものだ。ひとまずぜぇぜぇと胸で息をしている状態を安定させてからもう一度聞こう。


「ハァハァ……スーハー……ふぅ……さて、お兄ちゃんは記録者が戦場に参加しているのは知っていますか?」


「ああ、なんとかコンって言う勝負の場だろ? まったく、俺たちまで動員するんだから世も末だよ」


「それでなんかジャンルにコメディがなかったのでラブコメにしたそうです」


「は……?」


「いやその反応はもういいですから!」


 いやいやいや、だってしっかりその他とかあったじゃん、ラブコメにする必要は一ミリたりとも無くないか? 明らかにもう少しマシなジャンルがあると思うんだが。


「ラブコメって……マジかよ」


「記録者もはじめはラブコメにしようと思っていたのでまあええやろの精神だそうです」


「ふっざけんなよ! せめてもう少し妹モノ全盛の時にやるとか知恵はないのかよ!」


「お兄ちゃん、そこを批判するのズレてますよ」


 おっと、突然すぎる宣言に思わず混乱してしまった。この際兄妹だからなどとは言うまい、そういったものが好きなものもいるのだろう。人の趣味を否定はしないが……


「明らかにその路線からは一話で脱線してただろうが、よくその路線に戻そうと思ったな」


「正気とは思えませんがね、ちなみに血縁かどうかは明確に決めていなかったそうです」


「記録者さぁ、プロットって知ってる? いや、そもそも最低限結果どうなるにせよ兄妹をだしておいて血縁か非血縁かも分からないってふざけんなよ!」


「ちなみにそういった作品でお約束の『相手は妹なのに』からの『実は血が繋がっていません』とかいうのをやりたかったわけでもなく、ただ単に決めない方が緩くて良いからだそうです」


「家族の重要事をそんな雑なお前の都合で決めてんじゃねえ!」


 正気か? 血縁だと思って今まで過ごしてきたはずだしその記憶もあるんだぞ? 記録者は自分の都合でそれを全否定するつもりかよ、まったく正気の沙汰じゃないな。


 目の前の琴莉は可愛い、それは認めよう。認めるのだがそれをすぐに性愛に直結させるのも違うような気がする。そんな考え方さえも歪められた結果だとでも言うのか? 俺たちを壊してもいい玩具だとでも思ってんじゃねえのか? まともな考え方を知っていればまず真っ先に決めるところだろうが!


「せっかくか記録しているんだからもったいないじゃんというのが申し開きのようですね」


「清々しい開き直りだな! 一応俺たちの存在を否定したくないしそれだけは認めといてやるよ」


「というわけで私たちの存在はこの曖昧な方針に託されたわけですが……」


「絶対に託されたくない相手に託したんだな」


 あきれてものも言えない。文字を書くくせにその場のノリだけで書きやがって、ここは匿名掲示板の落書きじゃないんだぞ。ノリが二昔くらい前のSSレベルじゃん。もったいないにしたってもう少しマシな路線にはならなかったのか。


「で、お兄ちゃんと私はラブコメしなければならなくなったわけですが……」


「お前今の流れでよくそれを言えたな!? どう考えても記録者にキレる流れだっただろうが」


「いえ、私はずっとお兄ちゃんのこと好きでしたし、特にそういった都合は関係無いんじゃないでしょうか?」


「は? まずそれが自由意志なのかを疑ったことは無いのかよ?」


「無いですね、ミリも無いです」


 おぉう、我が妹ながらストロングスタイルのブラコンだったな。お前はその報告からラブコメ路線に持って行けると僅かでも思ったのか? 全部ふざけて作られた存在だよと言われたに等しいんだぞ、そこのところはきちんと分かっているのか……


 今さら何を言っても無駄か……結局、俺たちに自由意志があるのかどうかなんてことは分からない。仮にあると認めたとして、それが自分で認めたのか、あるいは認めさせられたのかの区別をつけるのは不可能だ。もはやどうしようも無いじゃないか。


「なあ、ラブコメってなんだろうな?」


「アオハルで胸がキュンとする展開じゃないですか?」


「自分の自由なお人形遊びでアオハルもクソも無いだろ。自分の意志はどこへ行ったんだ?」


「さあ? それって重要ですか? 私はお兄ちゃんが好きであり、それが何故かはどうでもいいと思いますよ。ちゃんとお兄ちゃんを思うと胸がキュンとしますしね」


「うーん……」


 どうなんだろうな、話の流れからラブコメにするのは相当無理があるような気がする。今さらの変更は右と左くらい真逆だと思うんだが、可愛いならそれでいいと考えればいいのだろうか? それも相当理不尽な気がしないでもないな。


「さて、まあそれはいいとしよう。問題はこの家の中だけでラブコメが可能かという話だ」


「え? 普通にお出かけすればいいのでは?」


 俺はそっと窓を指さして開けてみるようにジェスチャーする。琴莉は窓に寄っていき、ガララッと窓を開けた。


「……ここは砂漠ですか? いえ、砂漠でも砂や岩くらいはありますね」


 窓の外に広がっているのは真っ白な平面だ。一応日本ということになっているが地平線まで遮るものが何もない省エネ志向だ。他の人間どころか、虫一匹見当たらない。そう、それが世界というものであり、必要でなければ存在しないのだ。


「記録者が気まぐれで何か商業施設を作るのを待つか? 多文化なり分の悪い賭けだとおもうぞ。いくら俺たちが年を取らないにしても限度ってものがあるだろう?」


 俺たち『は』不老不死かもしれないが、記録者は有限の時間を生きている。つまりなんとかしないと中途半端なままで世界が止まり続けるという最悪の事態も起こりえる。


「これは困りましたねえ……お兄ちゃん、なんとか家の中だけでラブコメをしましょうか」


「めげない鋼のメンタルはすごいと思うよ。失うものもないし付き合ってやる」


 こうして俺たちの、『家庭内でも出来る! ラブコメ入門』が始まった。

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