第11話「一般のご家庭内で出来るラブコメに関する所感」

「さて、それではこの家の中でラブコメをはじめましょう!」


 琴莉が生き生きとそう宣言する。俺のテンションとは真逆であり、元気があって結構なことだと言うくらいにしか思わない。というかラブコメって具体的になんだろう? 残念ながらそういったことには答えてくれないのだ、俺は知っている、肝心なことは自分でなんとか知るしかないのだ。


「で、ラブコメって何をすればいいんだ? 雑すぎて何をしていいのかさっぱり分からんぞ?」


「さあ? イチャつけばいいんじゃないですかね。少なくとも怒られるような展開にするわけにはいかないでしょう?」


 ああ、そういう展開ね。許される場もあるらしいが、俺たちの存在している場所ではそうもいかないだろう。世の中健全でなければならない場というのはあるものだ、言論の自由が保証されていることはどこで何を言っても怒られない権利ではない。


「しかし家の中縛りだぞ? まともにラブコメ展開が出来るのか?」


 俺のもっともな疑問に我が妹は堂々としている。


「やろうと思えばどこだって出来るのがラブコメのいいところじゃないですか! たとえ宇宙だろうと天国や地獄だろうと、男女がいればラブコメ展開に無理矢理持って行けるから随分懐の深いジャンルですよ」


「懐が深いというか、定義がガバガバなだけじゃないか? とはいえ、完全にSFなのに恋愛が入っていればラブコメとしているようなものも知ってるけどさ」


「ならば何の問題も無いですね! 昔から兄妹モノはありますしね、古事記にもそう書いてある」


「マジで書いてるんだよなぁ……」


 神話で初手兄妹とかどうなんだろうな? その事を具体的に話すのはヤバそうではある。黙っておいた方が良いこともあるということくらいは分かっているさ。


「とりあえず上着くらいは脱いだ方がいいですかね? もちろん下にはきちんと制服を着込んでいますが」


「その路線でウケを取ろうとするな。それをやり出すとどんどん過激になっていくのは目に見えてるだろ。あと最近は小学生でもスマホを持っている時代だぞ? そんなものから妄想を膨らませることの出来る上級者は少ないだろ」


「なんかお兄ちゃんの言っていることも少しズレているような気がするのですが……」


 記録者に負担をかけるような描写は避けておいた方がいいだろう。どうせ文字だけで興奮出来る上級者などあまりいない上に、スマホでいくらでもそういった画像が見つかる時代だ、わざわざリスクを冒してやったところで需要は少ない。ならばそんなことをするべきではないのだ。


「じゃあお茶会でもしましょうか、とはいえコーヒーしか無いわけですが」


「じゃあそれでも飲むか、俺はブラックにするけど琴莉はどうする?」


「私は砂糖たっぷりでお願いします。お兄ちゃんはブラックでも飲めるんですね」


「お前も机にこぼしてベトベトにすると砂糖の厄介さが分かるだろうさ」


 しばし机を濡れたウェスで拭いたというのに一週間くらいべたついたからな。それ以来ブラック派になっている。目も覚めるしな。


「お兄ちゃん、飲み物を飲むときはこぼさないように気をつけてくださいよ……ウェスって言ってますけど私の記憶では新品のタオルが黒くなって洗濯機に放り込まれていた記憶があるんですが?」


「細かいな……色がつこうが洗って乾かせばタオルとしてのスペックは戻るだろ、ちょっと色がつくだけじゃん」


「それが困ると言っているんですがね、実用上問題が無ければいいって言う雑な考えはやめましょうよ」


「話がラブコメから逸れてるな……ほら、コーヒー飲んで落ち着け」


 俺は話しながら淹れていたコーヒーの入ったマグカップを渡した。琴莉の分は砂糖をドバドバと入れておいた。M○Xコーヒーも真っ青な甘さをしていると思うが、コイツならこのくらい甘い方がいいだろう。


「お兄ちゃんの淹れてくれたコーヒーは美味しいですね」


「いうてインスタントだけどな」


「それでも砂糖の加減がいい感じなんですよ。飲みやすい量にしてありますからね」


 大量に砂糖を入れたのは正解だった。いくら何でも甘すぎるんじゃないかと思ったのだが存外に好評だ。俺は自分のカップを啜ると一息ついた。ラブコメとか言う無茶振りをなんとかして欲しいものだよまったく。


「お兄ちゃん、お菓子があるんですけど食べます」


「もらおうかな」


 琴莉からもらったチョコを放り込む、バレンタインデーは商業主義に染まった資本主義者の陰謀だが、それはそれとしてチョコレートは美味しいものだと思う。


 まあ……そんなことを言ってもこの世界にバレンタインデーがあったとしても実行する人間がいないのでどうにもならないがな。


「美味しいですか?」


「ああ、高級な贅沢品の味がする」


「どういう褒め方なんですかね……」


「褒めてるんだよ、喜べ」


「わー! うれしー!」


 ものすごく茶番感のあるやりとりだ。学芸会でももう少しマシだと思う。しかし、二人きりでなんとかラブコメを成立させるためには多少の無茶は認めよう。


 そもそも家庭内二人きりでラブコメをしようというのが無茶なんだ。もう少しマシな発想をして欲しいと思う。


「お兄ちゃん、好きで……いえ、なんでもないです」


「そっかー、俺もまあ、うん、なんだ……」


 白々しいやりとりをする。俺たちは所詮都合にそって動かされているのだからそれに耐えるしかないのだ。記録者にこちらから命令することは絶対に出来ないからな。どれだけ無理のある茶番でもそれを演じるしかない。


「やっぱ無理ですね、お兄ちゃんのことは好きですけど、私としてはヤンデレ的なアレなので全年齢対応のコミュニケーションはまともに取れません」


「普通に怖い設定を持ち出すのはやめてくれよ……突然のヤンデレ宣言とか怖いんだよ」


「大丈夫です、メンタル面の手段は取りますが物理的に何かしようとは思いませんから。しっかり全年齢対応です!」


「ヤンデレで全年齢は貴重だな、出来れば性癖は普通であってほしかったよ!」


 不安しかない話題をぶち込んでくるんじゃないっての。大体全年齢対応の作品にもヤンデレものはあるからな? 全部のアニメやゲームがレーティング通りに進んでいくと思うなよ。


「まあそれはいい、それはいいからそろそろ飯にしよう。尺が持たん」


「お兄ちゃん……私にあれこれ言ってますけどメタネタが嫌いな人は珍しくないことも理解はしておいてくださいね?」


「安心しろ、大量にタグをつけて苦手な人が来ないようにしてるから」


「読者を選別するような真似は好きじゃないですがね」


 そうして今晩は冷蔵庫に入っていた冷凍の唐揚げを温めてご飯の上にのせるというシンプル極まりない夕食を俺が作って解決した。栄養バランスもなにもあったものじゃないが、『不治の病なんてありがちなテーマやらんだろ』と俺が勝手に判断して豪快な料理となった。

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