第9話「兄妹の小咄」

「お兄ちゃん! アイスが冷蔵庫に入っていますよ!」


「相変わらず訳のわからん補給があるな……」


 俺は半ばあきれながらそう言う。家の外が分からないからって適当に記録者が補充しているのが分かりやすい分類だ。幸い一般的な食事が記録者の好みらしく、とんでもない食料が入っていることは少ない。せいぜいどこで売っているのか分からない『コーラ』とだけ書かれた謎ドリンクが入っていることがあるくらいだ。


「二個あるか? ないなら先に食べていいぞ」


 時々一個しか入っていないことがあるから困りものだ。記録者は大きな食べ物なら二人で分けられるとでも思っているのだろうか? 冷蔵庫にデカいパックにひとかたまりで入れられたスポンジケーキを見たときは途方に暮れた。結局、二人で必死に食べて消費したのだが、明らかに二人には多すぎる。普通のケーキ二つじゃダメだったのかと問い詰めたくなった。


「今日はちゃんと二個入ってますね。チョコミントおすすめ!とバニラがありますけどどっちがいいですか?」


「……チョコミントで」


 俺は琴莉がチョコミントをあまり好きではないことを知っている。記録者が何を考えているのかは知らないが、需要がないものを入れるのは本当にやめて欲しい。俺だって仏のバニラやチョコ味が食べたいよ。


「どうぞ」


 俺たちは二人でテーブルについてカップアイスを食べていく。チョコミントの味はともかく、ひんやりとする感じがするのはそれなりに気持ちいい。


「お兄ちゃん、美味しいですね?」


「そうだな、希望を聞き届けてくれる記録者だったらもっと美味しかっただろうな」


 その言葉を琴莉は鼻で笑った。


「それを求めるのは無茶というものですよ。こんな生産性のない記録を書き記している時点で一般常識なんて知らないでしょ。誰もやっていないと言えば聞こえはいいですが、ただ単に結果が見えているからやらなかっただけでしょう?」


「それはそうだな、そもそも俺たちの始めの目的ってなんだっけ?」


「さあ? 一応配信での成功だったようですけど、結局配信場面なんて記録されていませんしね。一応配信サイトのアーカイブは残っているので見えない範囲で配信しているようですが」


「一番肝心なところを書かないんだな……配信者に向いてないのによくやるよ」


「いいんですよ、配信なんてじっくりやるものですよ。面倒にも程がありますよ、ゲームやマンガみたいに簡単に配信なんてできませんもん。しかも大量に動画があるのでまず埋もれるのは当たり前ですし」


「悲しい現実だな」


 琴莉は特に気にする風もなく微笑んだ。『趣味ですから』とハッキリ言った。断言するのを見るに急速な成長は諦めているのだろう。俺は結構な人数が登録しているとは思うが、コイツからすればまだまだ少ないと思っているのだろう。


 しかし趣味と割り切っているのは嫌いじゃない。無理だと気付いたときに心が折れたりしないからな。


「ですので何か新しいアイデアがないかと思うんですよね、兄妹Vlogとかどう思います?」


「俺を当然のように巻き込むな。お前の問題は自分で考えろ」


「私たちを見ている人だってたかが知れているんですよ? 今さら配信の様子を記録者に書かれようと興味がないでしょう?」


「そういう問題じゃない。何を喋ればいいかさっぱり分からないんだよ、放送事故になるだろうが」


「切り抜きすればいいでしょう? エンコードは面倒ですけど、その辺は切り抜き職人に任せればいいじゃないですか」


「切り抜いてくれるヤツなんているのか?」


「知らないんですか? 大抵探せば切り抜きでお小遣いを稼ごうと目論む人は弱小Vにだって一人くらいはいるものですよ」


「ところでお兄ちゃん、少し話しにくいことを伺いますが」


「なんだよ突然?」


 急にかしこまった態度になった琴莉に驚いた。


「文字稼ぎは楽しいですか?」


 空気が凍った、まず固体に出来ないはずの水素でも固体になりそうな程に凍りついた。


「その話やめない?」


「何を言っているんですか? 今、私たちの益体もない会話をしているんですよ? コレが文字稼ぎ以外のなんだというんですか。セコいんですよね、どうせまともに動画配信なんて書けないくせに」


「あんまりいじめてやるなよ、やる気が無くなったら俺たちは最悪削除されるんだぞ」


「私は記憶に残れば消されても構わないと思っていますよ、消されるとなるとその前に大量の際どいネタをぶっ込みますがね」


「そうやって消されまいとする努力をするのはどうかと思うぞ」


 文字稼ぎなんてするはずが……ないよな? ないんだよな? マジで不安になるんだが……


「とにかくお兄ちゃんとのトークで話を続けないとならないハードモードなんですから、お兄ちゃんも頑張ってくださいよ、私ばっかり話しているじゃないですか」


 厳しい意見だ。というか二人だけの話で何時まで持たせるつもりだ? 普通はレギュラーが二人でもゲストくらい出すぞ。


「そうだな、じゃあ学校の様子はどうだ?」


「まだ書かれていないんだから分かるはずないでしょうが、ここには記録者が記録したものしか存在していないんですよ? 大体学校描写なんてやっても大して面白くないでしょう。何より共学で私が男の人と関わったらユニコーンさんが大激怒ですよ」


「まず読者をユニコーンだと決めつけるのはやめような?」


 失礼なことをポンポン言っているといつかとんでもない失言をするぞ、巻き添えを食らう方の身にもなって欲しいな。


「でもネットの海にはリアルより多くのユニコーンがいると統計で……」


「なんの統計だよ……そんなくだらない統計に予算が下りるはずがないだろ!」


 世の中金にならない研究に金を出すことは往々にしてあるが、そこまでくだらないことに金を出してくれるパトロンはいないだろう。


「ネットにはいい加減な統計が沢山あることを知りませんね? しかもこの意見にはエビデンスもあって、彼氏バレした配信者が大炎上したという立派な実績があるんですよ」


「嫌すぎる実績だな……あと独自研究をソースにするのはやめろ。それも含めたら何でもありになるだろうが!」


 確かに誰も調べないようなことを調べている人はいるが、それでもなかなかそんなことを調べるヤツはいないだろう。あと後者については実績があるので何も言えん。突然チャットアプリの通知が画面に映り込んで……という事例は実際いくつかあるもんな。


「お兄ちゃんはトーク力に自信がないんですか? フリートークくらい自由に出来ないと将来苦労しますよ」


「社会人になるまでのことを今から考えたくないって……」


「そうですね、この世界は巻き貝システムなので年をまたいでも成長はしないんですけどね」


「国民的アニメだからって同じシステムにしても人気が出るとは思うなよ?」


「それはそうですが、それでも美少女が年を取っていくより若いままの方が需要はありますからね。ロリババアなんていう罪深いジャンルがあることがそれを示しています」


「碌でもない知識を集めてんなおい!」


「大丈夫ですよ、あくまで全年齢が楽しめることしか話しませんから」


 色々とアレだとは思うが、信念のようなものはあるらしい。それが立派なものかどうかは知らないが、精々がんばってくれ。俺は世界が消えない程度に頑張るよ。

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