第8話「戦が始まる」

「お兄ちゃん、なんだか今日は空気がピリピリしていませんか?」


 我が妹が朝食中にそんなことを言いだした、なる程なかなか勘のいいヤツじゃないか。


「そりゃな、記録者がお祭りに向けて必死になってるからな。俺らのメンタルにも多少は影響するだろうさ」


 そういうメンタルをコントロール出来る人が優秀なのだろう。残念だが俺たちはそう言った優秀な人に生み出されたわけではない。きっとそういう才能のある人の方が俺たちだってたくさんの友人に囲まれてワイワイ楽しんだり事件が起きてそれを解決したりしたのだろう。残念だが俺たちの記録をつけているのはどこまでいってもせいぜい凡人がいいところでしかない。


「しかし、そのお祭りの始まりは明日ですよね? これは書き溜めなのでそんな生き急ぐこともないんじゃないですかね?」


「いろいろあるんだろうさ、上の事情は知らんよ。年末だから忙しいんだろ」


「年末年始に毎日更新を目標にしている人が私たちを記録しているんですもんね」


 きっと普通の人たちならさぞや楽しい年末年始を迎えるのだろう。記録者には冷めたクリスマスチキンすら手に入れる予定は無い。凡才に出来る限界にチャレンジしようというのは無茶だと思うんだがな。


「それにしても随分と暇なんですね、このとりとめの無い記録に一体何の意味があるんでしょうか?」


「知るか、俺たちの目的は記録者を楽しませる事じゃないからな。開くまで観測している人たちを歓待するのが目的だろ?」


「なんか英国人が行ってた『ポピュリズムはとてもポピュラーなんだ』って言葉を思い出しますね」


「いくらなんでも英国人に失礼だぞ。記録者は何年も英語を勉強したのにまともに読めもしないんだからな。努力する気すらないヤツと比較するのは礼が無いぞ」


 そうして二人でため息をつく。そもそもたいして読まれていないという事実から目を逸らすメンタルだけはあるヤツが俺たちを記録しているんだ。何故そこだけ意志が強いのか謎だ。とはいえ、出だしだけでそうそうに消されても困るのでそれはきっといいことなのだろう。


「コーヒーどうぞ。ブラックでよかったですよね?」


「ああ、ありがと」


「いえいえ、お兄ちゃんが場を繋いでくれたからですよ。この世界では記録されていない範囲では自由に動けるのがありがたいですね」


「まあな、実際学校なんて行こうものなら大量の人間にあてられるだろうしな。ロクなことになりっこないんだから逃げて正解だよ」


 そうして舞台裏でコソコソと淹れられたコーヒーを啜る。インスタントだがそれなりに美味しい。コーヒーをがぶ飲みするのもどうかと思う。ただ、消されてしまった記録には深酒をしながら書いたものがあり、俺たちが突然ワープしたり、ワケのわからない人が突然割り込んできたり、それはもう酷い体験だったので記録者には素面でいて欲しいと思う。


「ところでお兄ちゃん、私たちはどこのカテゴリに放り込まれるんでしょうね。まだその事を知らないんですが?」


「俺たちが知らないって事は記録者も決めてないって事だろうよ。安心しろ、世紀末はとうに終わったんだから、向こうしばらくこんな存在自体がふざけた小説に似た何かなんて有名にはならんよ」


「割り切ってますね、まかり間違って流行ったらどうするんですか?」


「お前は小説が一ページで終わって残り全部があとがきだった本を買ったら通販サイトにどんなレビューをするんだ?」


「そりゃもう当然星一評価ですよ、というかそれは小説では無くあとがきの塊では?」


「そういうことだ。今まで人間がいくつ物語を書いてきたと思っている? 人間が一生かけても絶対に読み切れない量だぞ、埋もれて当然、掘り出されたら奇跡みたいなもんだよ」


 そう言ってからコーヒーをもう一口啜るとなんだかさっきより苦味が増しているような気がする。味というのは精神状態も影響するのだろう。大抵美味しくなるより不味くなる方に作用するのが人間だと思っている。世の中にロクでもないことが溢れているのか、あるいは人が不幸の方にばかり注目するからかは知った事じゃない。


「いいんじゃないですか、少なくともこの国では言論の自由が許されてますしね」


「お兄ちゃん、言論の自由が認められているからといってそれを見ない読まないという自由もあることをお忘れなく」


「シビアな現実から逃げるためにやってるのに厳しいことを言い出すんじゃない。世の中残酷な事実ばかりなんだから現実逃避をするんだろうが」


「たまには現実と向き合うことも必要だと思いますがね」


 現実ね、そうそう都合よく進む事なんて無いだろうに。琴莉がリアリストなのは知っているが、現実と向き合うとメンタルが壊れる人もいることを忘れてはならない。逃げることは時と場合によっては最適解になる。正面切ってはじめると絶対に負けるときはまず上手く逃げることを考えて、それがダメなら敗戦処理だ。負ける寸前になって買った後のプランを考えるようなバカはいない。


 そしていつの間にか用意されていたスマホでゲームをプレイする。いつものソシャゲのログボ回収だ。ログボだけもらうのもどうかと思うのだが、いまいちピンとくるゲームが少ない。無いわけではないが、いかんせんスマホのバッテリーが足りない。昼からやっているとバッテリーを大量消費してしまうので今からプレイすると夕方頃には充電をする羽目になる。


 そもそもあのゲームは要求スペックが高すぎるんだよ。最新のSoCでも最高画質で動かせないなんて正気の沙汰とは思えない重さだ。多分マルチプラットフォームになっているということからするに、きっとスマホメインでプレイするゲームではないのだろう。


「お兄ちゃん、お暇ならゲームでもしますか? 最近はやってるMOBAを入れてましたよね?」


「ああ、アレならたしかにバッテリー消費も多くはないし、熱くなるようなものでもないか」


 琴莉からの提案によって俺と二人でチームを組み、残りを野良で組んだパーティで何試合かすることにした。


「お兄ちゃん! 上の守りを頼みます!」


「分かった、真ん中は野良の人が当たってるから下から攻めてくれ。幸いがら空きだ」


 俺が敵を引きつけ、チクチク攻撃をしながら下がることを繰り返して時間を稼ぐ。しばし退却と攻撃を繰り返すと敵が撤退していった、そして琴莉が「気付かれました!」と言ってきた。どうやら敵もコソコソ攻め込んでいるのに気付いたらしい。


 しかし全てが手遅れだった。琴莉は軽く敵の拠点を攻め落とし、本陣に攻めるところだった。こちらはまだまだ戦力がある。琴莉の全戦で相手は二人落ちてリスポーン待ちだ。


「一気に攻めるぞ!」


「りょーかい!」


 二人で一気に攻め入るとあっけなく敵は全滅した。最後に本拠地のタワーを全員で崩して終了だ。


「勝ちましたねー、しかもキャリーじゃない実力の勝利ですよ!」


「そうだな、たまにはやってみるもんだな。最近ソロゲーばかりやってた気がするな」


「お兄ちゃんはネット上までコミュ障にならなくてもいいと思いますがね」


「色々と面倒くさくなるんだよ」


「お兄ちゃんだって記録者が記録してくれる人間が存在するのはネット上くらいだって分かっているでしょうに」


 分かっていても言わない方が良いことはあると思うがな。しかしその話題をここから広げると悲惨な結論しか出てこない気もするのでやめておこう。何よりネット上にそういった人が珍しくないことを忘れているようだな。


「俺には俺の世界があるんだよ。琴莉はネットでも友達が多いのか?」


「いえ、普通に学校の友人の方が多いですね。記録範囲外なので見えませんが」


「だったら気にするようなことでもないだろ」


 それだけ言って会話を打ち切った。結構な長丁場の試合をやったので疲れた。空になったマグカップにスプーン数杯のインスタントコーヒーを入れてお湯を注ぐ、未成年なので勝利の美酒は飲めないが、せめてものお祝いにたっぷりと砂糖とミルクを入れて混ぜた。


「美味いな」


 まだ日が高いが、やり遂げたような気がする状態で飲む激甘コーヒーはとても美味しいのだった。

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