第7話「妹とネットショッピング」

「さて、琴莉、この段ボールの山を見て言うことは?」


 現在、俺の横には大きめの段ボール箱が数個積まれている。どれも受け取ったときは結構な重さだった。要するにアレだ、買いすぎたってヤツだろう。


「いいじゃないですか! せっかくのセールですよ? そこで買わなくていつ買うんですか!」


「開き直るなよ、お金は無限にあるわけじゃないんだぞ、そのくらい分かるだろ?」


 俺が諭すのだが琴莉は無茶な反論をしてきた。


「誰が気にするんですか? どうせ資金は無限なんですから気にする必要はないじゃないですか、皆さん通販のしすぎでその日の食事にも困る兄妹の話なんか望んでいないんですよ! つまりは記録者がどうとでも都合をつけてくれるので実質無制限です!」


「そんな無理のある言い訳が通るはずが……」


「何を言ってるんですか、実際カードゲームのマンガでもご都合主義で手札の枚数が合わなくなったから無理のある方法で手札をドローしていたじゃないですか」


「人生をカードゲーム感覚で生きているお前が心配になるな」


 大体何のマンガかは分かったが、それを一々言うこともあるまい。本人はしっかり満足がいっているようだしな。


「で、何を買ったんだ?」


 俺がそう訊ねると聞きとして段ボールの開封式が始まった。手でガムテープを破いているが、捨てるとき面倒なことになるなと思いつつ、よく考えたらゴミ出しの場面なんて書くわけが無いんだから琴莉のやり方が正解かと諦めの境地になった。


「うーん……やっぱり分厚い」


 そう言ってとりだしたのは動物が表紙の有名な出版社の本だった。この辺でアレを売っている店となるとそれなりに遠いし無理もないな。


「お前、それを一から読む気か? 随分と骨が折れるぞ?」


 あの本、簡単な話でも難しく書くきらいがあるからな。初心者にはお勧め出来ないってヤツだ。あと俺たちの話が公開されるのはそこの出版社とは何の関係もないので無駄な争いをしない方がいいか。


「いいんですよ、趣味なんですから」


 それだけ言って次のものを取り出す。大きさから言って本一冊ではないと思ったが、出てきたのはレトルトのご飯とカレーの箱だった。


「箱買いしたのか……」


 俺があきれながらそう言うと、琴莉はなんでもないことのように反論する。


「だって表に出ない部分はどう手を抜こうが分かりっこないんですからこれでいいんですよ。実際ご飯の描写だって大抵本筋と関係無ければすっ飛ばすじゃないですか? だから見えない部分はこれ食べてりゃいいんですよ」


 そしてそれを棚にしまって次のものを取りだした。


 それは……なんというか……結構考えて買い物をしているようだ。ネット通販のみなのはきっとロクに買い物経験のない記録者がネット通販なら宅配ボックスに入っていたということにすれば人を書く必要が無くなるからだろう。考えたくもない現実的な想像が頭の中で暴れそうになる。


「じゃーん! なんと、新しいスマホまで買っちゃいました! 最新機種ですよ!」


 それは好きにすればいいが……


「なあ、それを使って話す相手とかいるのか?」


 その問いに考えるまでもないと琴莉は首を振った。


「いるわけないじゃないですか。エコのために人間は少なく、が原則ですからね。基本テキストメッセージでも届けばいい方ですよ」


「だったら激安品で十分だったんじゃないか? あの辺のちょい怪しめな製品でも最近は技適通ってるらしいぞ」


「お兄ちゃん、いいですか? 今はスマホで私たちを観測している人たちの方が多いんですよ? つまりそんな激安を買っても想像がしづらいじゃないですか、大半の人はそういったものの存在すら知らないんですよ」


 いや、具体的な機種名を出すわけじゃないんだからいいんじゃねえの? とは思う。実際どのくらいの人が興味あるんだって話を堂々としていることがあるしな。


「ついでに急速充電器も買っておきました! これでベッドの中でも夜更かしが簡単になります!」


「まるでダメ人間になる板みたいだな」


 チクチク言葉を使ってみたが本人はまったく気にしていない様子だ。無敵かコイツ?


 さらにイヤホンを取り出す。立派な高価格帯のもので音質がいいらしいとレビューで評判のヤツだ。


「贅沢したな」


「音質は重要ですからね、ノイズが入るやつは嫌いなんです」


「細かいなあ……俺なんてノイズは自分の頭で無視してるぞ」


「私の耳はデリケートなんですよ、お兄ちゃんだって耳舐めASMRを聞くときに安物のイヤホンで聞きたくはないでしょう?」


「絶妙に嫌な例を挙げるなよ……普通に音楽でいいだろうが」


 俺はそんなものは聞かな……多分聞かない。


 さらに購入したものとして、少しお高めの洗顔料などがあったが、それは興味がないので割愛する。高いシャンプーとか何が違うのか分からんしな。


「お兄ちゃんは何か買わないんですか? 私がプレゼントしてあげてもいいんですよ?」


「やめとく、お前に任せたら絶対検閲するだろ? 妹のアカウント購入履歴に俺の買ったものを残したくない」


「失敬なことですね」


 そうは言いつつも、断られるとは思っていたのだろう、言葉に棘は感じられなかった。モノを買う時ってのは自由じゃないといけないんだよ。


「今日の到着予定だったものはこんなものですかね。ストリーマーとしてはネタになるものも買っておきたいんですが、そうそう上手いこと見つかりませんからね。あったと思ったら明らかに技適通っていなかったり……PSEだったら個人使用だとゴリ押しでセーフと言い張れなくもないんですがね」


「じゃあお昼ご飯にしましょうか。何にしますか?」


「カレーでいいんじゃないか? 買ってたんだろ。どうせ飯マンガみたいなリアクションはできっこないからな」


「食べた瞬間に昇天したり別の生き物になったりくらいは出来ないんですか?」


「逆に何食ったらそんなことが出来るんだよ……エナドリのCMでも羽が生えるくらいにしか言ってないぞ」


 誇大広告、良くないと思います。言うだけ無駄かもしれないがな、高いし。


「ああそうだ、お兄ちゃん、メールアドレスにギフトを贈っておきますので何か良さげなものを買っておいてくださいね。良いものがあったら配信で紹介しますので」


「兄の買ったものを配信して楽しいか? そんなこと言ったって俺は面白いものなんてかわないぞ?」


「大丈夫です! 常備しておけばお兄ちゃんの存在を匂わせられますからね! ひっじょーに面倒なことですが、ユニコーンは男の声が入ると即座に反応しますからね。お兄ちゃんの存在をあらかじめ伝えておけば隣の部屋でお兄ちゃんがガチャ爆死でキレた声が乗っても問題無くなるのです!」


「ホントロクな使い道しないよなお前」


 あきれながら俺はスマホにギフトコードを飛ばしてもらい、適当にガジェットをポチっておいた。果たしてそんなことまでする必要があるのかは疑問に思えて仕方なかったが、実際炎上しまくっている界隈なのでそれも仕方ないのだと諦めることにした。

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