第6話「存在理由」

 ようやく夜が明けた。といっても世界の摂理ルールとして家から出ようにも出られないわけで、結局やることは琴莉とのくだらないおしゃべりのみだ。


 今日の朝食は俺が作ることになっているので、フライパンに二つ卵を落として、ソーセージを数本レンジに放り込む、人間タンパク質を取っていれば死なないというのが俺の考えだ。


 ちなみに目玉焼きの焼き加減は想像にお任せする。個人の想像でなんとかなる範囲はわざわざ記録者だって書かないだろう。半熟が好きな俺がいてもいいし、固焼きが好きな俺がいてもいい、それが多様性だと思うし、その方が揉めないからな。


 焼き終わったものとご飯を並べたところで琴莉も起きてきた。まだパジャマだが、コイツは器用に俺が見ていないところで着替えていたりするので一々気にしない。


「おはよう、朝飯は出来てるぞ」


「それはありがとうございます。ふりかけ取ってもらえますか」


「ほら」


 俺はふりかけを渡し、自分のご飯は白米そのまま何もかけずに口に入れる。美味しいのだが、これといって大げさなリアクションも出来ない。どうせ記録者には俺たちがどんなにとんでもないリアクションを取ってもそれを記述する能力など無いのだから普通に美味しい、それだけで十分すぎることだ。


「お兄ちゃんの作ったご飯はやはり美味しいですね!」


 琴莉がそんなことを言ってくる。お世辞にしてもありがたいことだ。


「それはどうも、そんなに手が込んでないけどな」


「知ってますよ。私は自分以外の用意してくれたご飯ってだけで美味しいと思っていますから」


「ズボラなヤツだ」


 そう言いながらソーセージをかじった。肉汁が溢れて美味しいな。冷蔵庫に昨日開けたはずのソーセージのパックが新品になって補充されていても何も気にしないあたり俺も大概毒されているな。


「それにしても、お兄ちゃんも早起きしましたね」


「たまにはいいだろ」


「いつもこの調子だとありがたいんですがねえ」


「じゃあ記録者にお願いでもしておいたらどうだ? 観測者に好評ならいつもこうなるかもな」


「媚びを売るってヤツですか?」


「言い方言い方」


「お兄ちゃん大好き! お兄ちゃんに毎日ご飯を作ってもらえると私は毎日幸せなんです!」


「はいはい」


 せめてテーブルについてすぐにそう言っていれば、もう少し説得力があるとは思うんだがな。それにしても物好きなことだ。好きにすればいいとは思うがな。


「ところで質問なんですが、コレを書いているのは二十八日ですよね?」


「そうだな、この世界じゃあ空調が完備されているから季節感も何も無いがな」


「じゃあコレを投げようと思っているコンテストの始まりまであと何日でしたっけ?」


「明明後日だな」


「一日一話かからないと間に合わないと思うんですがそれは? というか平行連載しているものまでありますよね?」


「勘のいいヤツだ、しかしそれは記録者の根性でなんとかして貰おう」


「精神論ですか、別に私たちに負担がかかるわけでもないですしいいですけど」


 そもそも横にならない生活をしている記録者に何を言っても無駄だろう。多分寿命を削って書いているんじゃないだろうか。


「お兄ちゃん、この後はどうしますか?」


「ん~部屋で音楽でも聴くかな」


「音楽(ASMR)ですか」


「かっこの中に悪意を感じずにはいられないなぁ」


「お兄ちゃんこそ健全なものもあるのにそういうものを聞くと公言しているようなものじゃないですか」


 まったく、調子が狂うな。静かな生活を望みたいというのに、世界と観測者と記録者がそれを許そうとしない。確かに本を読んでて何も起こらないまま最後まで続いたら腹が立つのも分かるけどな。


「しかし書き続けないと書けなくなるとは、随分と業の深い方が私たちを記録しているようですね」


「まったくだな! はた迷惑な話だよ」


「そんなものなんじゃないですか? 承認欲求こじらせてるだけでしょ」


 俺より琴莉の方がよほど辛辣じゃないか。つーか俺たちは玩具みたいな使われ方をしているな。気に食わないがどうにか出来るわけでもない。仕方ないのでこの狭い世界の全てを活用して生活している。


「食後のコーヒーをどうぞ」


 すっかり気にしていなかったところで琴莉がマグカップを俺の前に置いてくれた。一々記録者が観測していない範囲では自由に行動が出来るのでその点は便利だ。もしも書かれていなければ、近所で殺人事件が起きようと俺たちにはあずかり知らぬところだ。ここはそういう世界になっている。


 マグカップを傾けてミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲む。別に学校に行くわけでもないので目を覚ます必要は無いのだが、朝に一杯コーヒーを飲むと頭がシャッキリする。


「今日は配信でもしましょうかね、結構万単位の投げ銭も飛びますしね」


「振り込まれたとして、使い道があるのか?」


「我が家には宅配ボックスがあって、ネット通販が出来ることはご存じでしょう?」


 どうやら外に出る必要は無いらしい。確かにそれなら一々外の様子を記録する必要は無い、気楽なものだ。


「たまには胡乱な商品でも買ってレビュー動画でも上げたらどうだ?」


 なんとなく、思いつきでそう言ってみた。通販サイトもなかなか面倒になって来つつあり、厄介なものがさも安全そうに売られている。いくらこの世界に警察を観測することが出来ないにしても、技適違反を書くわけにもいかないからな。


「やですよ、別に何を買おうが不自由ないんですからわざわざパチモンを買う必要なんて微塵もないじゃないですか」


「結構稼いでいるのか?」


「ふふふ……さあ? どうなんでしょうね、広告費を開示するのはルール違反だそうなのでふんわり大金をもらっていると公言するのは問題無いんですよ。具体的に聞かれたら幾らかとは応えられないと言ってしまえばいいですから」


「ルールの穴を吐いたような方法だな」


「ルールにも穴はあるんですよ」


「お前の言っているのはむしろルール無用だと思うぞ」


 そもそも俺たちの物語自体が大きなルール違反のような気もするんだがな。その辺は賢明な観測者の皆様の太平洋より広い心に期待するとしよう。


「ところでお兄ちゃん、何か長文を喋らないと記録しているかたの手が止まりますよ。そんなことをすると世界連載が止まってしまいます」


「あんまりメタい発言をすると反感を買うかもしれないから気をつけろ」


 危険はおかさないに限る。無茶をしてまで話を進めてなんとかしようなんてロクなことにならないのは目に見えている。


 しかし大概だよな。日常ものとか絵が無いとまともに読んでくれると思うなよ。いくら琴莉の美貌を書いたところで文字での表現じゃ限界があることくらい理解しておけ。


 そもそも性的なことを魅力的に書けばレーティングに引っかかるだろうが、誰でも安心して読めるようにしか行動出来ないのに不健全な発言をさせてたまるかっての。


「今さらですよ、どうせ記録している人が何をタグにつけるかなんて分かったものじゃないでしょう? 私たちには知った事じゃないですよ」


 強いな、我が妹ながらなかなかのメンタル強者だ。俺のように引っ張れば切れるメンタルではなく、ピアノ線の如く重量物に耐えられるようなっメンタルをしている。いくら議論しようが本人が負けを認めないだろうから勝てる気がまったくしない。


「仕方ないヤツだ」


 ちなみにもう既に食器は洗い終えている。誰が洗ったかって? 洗っているという文字が記録された時点で食器は洗われており、誰が洗ったかどうかは記録されない。つまりそこは重要ではなく、食器が洗われたという結果があるだけだ。


「お兄ちゃんは細かいことを気にしすぎですよ。どうせこの泡沫文字列を真面目に読んでいる人がそんなにたくさんいるわけないじゃないですか。少し考えれば分かることでしょう?」


「分かってるけどさ、そんなことを言うから適当な記録になってさっきみたいに誰が食器を洗ったかなんて事が省略されるんだぞ」


「私としてはその方が楽でいいと思いますが? もう食器は乾いて食器棚にしまってありますしね」


 琴莉が指さした食器棚には先ほどまでまだ濡れていた食器がすっかり乾いて並んでいる。確かにそう言う世界ではあるがそれを安易に利用して手を抜くのは感心出来ないな。


「とりあえずとりとめのないお話でもしましょうか、流石にコレなら結果だけで済ませることは出来ませんからね」


「それもそうだな、しかし世界の摂理を利用したショートカットはもう少し控えろよ」


「裏技と言って欲しいですね。お兄ちゃんだってレースゲームに本来想定されていないショートカットが見つかることがあるのはご存じでしょう?」


「まあ……思い当たる節はいくつかあるな」


 アレとかアレとかな、主につなぎを着たオヤジがカートに乗るヤツだ。とはいえ最近ではドンドンとデバッグが進んだのか、そういった不具合は減っているらしいがな。というか久しく聞いたことがない、よく考えてみればネット対戦でそんな裏技が残っていたら大事になるし当然か。


「お兄ちゃんは心配のしすぎですよ。文字なんて多めに見積もって一文字二バイトですよ? だれがたかだか二キロバイトのストレージを無駄に消費して気にするんですか? 無駄なところはガンガン削って文字数を増やすべきなんですよ、だから一々気にしたら負けですって」


「また燃えそうなことを言い切るな……」


「ネット配信してたら炎上なんてよくありますし」


「その設定はまだ生きてたのか」


 琴莉は俺の唇にそっと指を当てる。


「お兄ちゃん、設定というものは都合よく出たり消えたりする不確かな存在なのです。気にしたら負けですよ」


 かなり無理のある言い分だと思うが、実際気にする人も少ないだろうし仕方ないか。そういう世界だと思ってしまえば誤解も何もあったもんじゃない。結局話の都合に世界がついていくんだろう、どうかとは思うが結局記録者がどうするかであって、悪まで存在しているだけの俺がどうにか出来るわけでもない。


「さて、そろそろ朝食も終わりの時間ですね」


「時間の概念はあるんだな……」


「そりゃ時間を気にせず書き続けられるのはその道でお金を稼いでいる人だけですからね」


 その身も蓋もない一言で朝食は終わった。ここなんてそんないい加減な摂理で出来ているのだが、そう考えるとうんざりしたくもなるな。

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