第5話「血反吐を吐きながら走り続けるマラソン」

「なあ、なんだか今日は不穏な雰囲気が漂っている気がしてならないんだが?」


 俺はなんとなく琴莉に聞いた。


「それはお兄ちゃんが少し上の部分を読むことが出来たからでしょう。気持ちは分かりますが、そういうのは見て見ぬ振りをするのがマナーですよ?」


「マナーって……」


「諦めましょう。私たちはグダグダ話をするしか出来ることはないんですよ。それを延々と続けないと存在出来ない悲しい存在なんですよ」


 なんだか世知辛い話だなあ……それでいいのかね? しかし、まだ続いているのかこの世界、一話で出オチかと思っていたぞ、何を考えているのか知らんがよく続けようと思ったな。


「なあ、なんでこの話がまだ続いてるんだ。初手打ち切りがあってもおかしくないじゃないか」


「そりゃ暇人がPCを持ったからでしょ。打ち切りにしなかっただけ随分と情に厚いんじゃないっすかね?」


 神は人間に火を与えたプロメテウスにブチ切れたそうだが、PCを作った世界もなかなか無茶をする。こんな駄文を大量にぶっ込んでいいのだろうか? いいのか? この文章に意味はあるのか?


「お兄ちゃん、人間は無駄なものだって楽しめるんですよ。世の中合理性だけでかたがつくと思った大間違いですよ」


「無駄なのは否定しないのか……どうかと思うんだがなあ……」


 というか俺たちはなんのために存在しているのだろうか?


「結局、私たちは作者を楽しませるためだけの存在なんですよ」


「せめて読者を楽しませるようにしないか? 書いてて読まれると思ってるならなかなか業が深い作者だぞ」


 どうなんだろうな、結局、何をしてもいいからって好き放題しているよなあ……ルール無用にも程があるだろう。


 あのさあ……自由が過ぎるだろうが。書き手の都合のみで書かれた話が面白いと思ってるのか? 低評価を受ける俺たちの方の身にもなってくれってんだ。


「大体、私たちの使命は観測してくださっている人たちを楽しませ続けないとならないんですよ? それは当たり前のことでしょう?」


 難儀なものだな……延々と楽しい展開を続けないとならないとは、随分と前世のカルマが多かったようだ。


「なあ、どんな展開にすればみんな楽しんでくれるのかな?」


「とりあえず脱ぐとかですかね」


「全年齢対応で行く予定だからそれは無しで」


「人気取りの定番じゃないですか、困ったらとりあえず脱がせば皆さん見てくださるんですよ」


「偏見だ! それは偏見だぞ!」


 まったく、安易な脱衣はしらけるだけだということを知らないのか。もう少し真面目に考えてほしいものだな。


 つーか、俺たちの生活を観測して楽しいのだろうか? この世界が面白いのかどうかは数値で表されるが、あまり良い数字が出るとは思えないんだがな。まったく、上の連中の考えることは分からん。


「というか私たちは何をすればいいんでしょうか? まずそこが分からないんですけど? 私は配信でもすればいいんですかね?」


「そのはずだがな。雑に始まったせいでログラインも何もあったもんじゃ無いから諦めろ」


「最低限目的くらいは提示して欲しいんですがね、まるで突然フィールドに放り出すファミコンのゲームみたいなものじゃないですか」


 ファミコンのゲームをたとえに出すあたりがなんとも……ああでもそういやコイツ、レトロゲームの配信もしてたな、それなら知っていてもギリギリセーフか。


「そもそもこの路線で私たちを見ている人を楽しませるなんて出来るんですかね、これだってコンテストがあるからとりあえず何か書かなきゃって作り出されたのが私たちでしょう?」


「しーっ! 黙ってりゃバレないんだからそういうことは言うんじゃない!」


「薄々バレてますよ、見ている人たちを舐めすぎでしょ。そもそもこんなエッセイもどきが点を取ったら世も末ですよ」


「しゃーないだろ、俺とお前しかキャラが思いつかなかったんだから。そのうち美少女がもっと増えるって」


「なんで美少女限定なんですか……別にかっこいい男の子でも出せばいいじゃないですか?」


「琴莉は需要と供給ってものを分かってるか? どうせ妹を出したいというだけの理由で俺たちは存在しているんだぞ? 男なんて出したらPVが下がる」


「メタい理由ですね……そもそもやってることが匿名掲示板のSSのあとがきレベルなんですがそれは」


「安心しろ、今時あの手のコピペを覚えている人は少ない。そもそもロクにスマホも無い時代のことまで調べ上げようなんて暇人はそうそういないんだよ」


「お兄ちゃんも観測している人たちが口を出せないのをいいことに好き放題している気もしますがね」


「別にいいだろ。どうせ誰も俺たちの生活をのぞき見して楽しいなんて主わんだろうし」


「それを認めると世界が止まってしまうんですよねぇ……」


「大丈夫、ここまではまだ公開されていない、何を書こうと記録者の心が折れることは無いはずだ」


 どうせ誰かが気にするわけでもないだろう。つーか俺たちの生活をどのジャンルにするつもりだろう? 記録者はエッセイと言い張るのだろうか? カテエラだのなんだのと叩かれそうな気がするんだがな。


「ところでお兄ちゃん、なんだか先日は私たちの時間が遅かったような気がするんですが?」


「ああ、記録者が食あたりをやらかしてPCの前に座れなかったからな」


「寝ているならスマホで書けばいいじゃないですか。甘ったれてるんですよ」


「辛辣なことを言っているが、そんなことを言っていると俺たちが食あたりになるよう記録される可能性もあるんだぞ?」


「それはいやですねぇ……」


「つーか記録者ももう少しホラー書けっての、ランクインしたんだからそっちに力入れろよ」


「お兄ちゃん、それを言ってはいけませんよ。私たちは生殺与奪を握られていることをお忘れなく」


 はぁ……この狭い家の中で何時まで話をすればいいのだろう。家の外に世界があるのかだって怪しいんだ。ロクに考えていないだろうし、この狭い家の中が世界の全てだとしても俺は驚かんよ。


「それにしても、事情があるからってマラソンみたいな記録を作らなくたっていいだろうに……」


「おかげで私たちが生まれたんですよ、私たちは本来ボツ案だったのをお忘れなく」


 気が重いことを言うやつだ。世界の手のひらの上で踊らされているということか。分かりきった話だがどうしようもないな。


「まあまあ、お兄ちゃんのお気持ちも分かりますが、私たちが存在し続けるためにも頑張りましょうよ。記録者が書き切れないほどの素敵な思い出を作ればいいじゃないですか」


「俺たちを観測しているヤツにそんなことが出来ると思っているのか?」


 琴莉はそっと顔を背けた。それが何よりの答えだった。

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