第4話「数は正義……らしい」

「お兄ちゃん! お話ししましょう!」


「さっき出て行ったばかりで戻ってきたな、もう少し時間をかけないのか?」


「冷静に考えてください、お兄ちゃんがうじうじ考えるような話を記録して後世の人が読むと思いますか? 絶対に鼻で笑われてプレーンテキストですら容量の無駄だと消されるようなものですよ」


「だったら俺たちの話を残すことに何の意味があるんだ……」


「お兄ちゃん、いいですか? お祭りって参加人数が多い方が盛り上がりますよね? そこまでは理解出来ますか?」


「それは当然だなやる気のないお祭りなんて悲しいものはない」


「つまり私たちを見ている人たちのやるお祭りに私たちも参加するんですよ。私とお兄ちゃんの会話がどんなに不毛なものであれ、頭数にはしっかりカウントされるんですよ」


 こんなものがカウントされてしまうのか。参加者のレギュレーションがガバガバにも程があるだろう。数さえ稼げれば本当にいいのか? 他のみんながパリッとしたスーツに身を包んでいる中で、アニメのフルグラシャツで入学式に参加しているようなものだぞ。


「どうしてそんなに興味が無さそうなんですかね?」


「お前、こんな会話が書籍化したら世も末だと思わないか?」


 くだらないグダグダ話すだけの本を誰が読むんだ? みんな興味なんて無いだろうに、そう考えると少し記録者が気の毒になりさえする。


 それはそれとして書籍化なんてこんなものを書くやつが出来てたまるかという話だ。初手から不穏になった話を無理矢理シリアス路線に戻せるはずが無いだろうが。一度壊れたものはどんなに取り繕ってもまともにはならないんだよ。


「ふむ……ゲーム配信でもすればウケませんかね?」


「なんのゲームを実況する気だよ? ソシャゲの実況なんてガチャ回すだけなのに需要があるのか?」


「意外とあるみたいですよ? よくあるわけではありませんが時々物好きがガチャ配信をしています」


「随分金のかかりそうな配信だな……」


 無償石でやる可能性もあるだろうが、難しいのは明らかだ。そもそも文字でガチャの実況なんてしても面白いはずが無いだろう。


「いいじゃないですか、世界に働きかければガチャ用の石はご都合主義的に大量に手に入るんですよ? ありがたい事じゃないですか」


 そう言う琴莉に一つ聞いてみた。


「だったら金を直接もらえばいいんじゃないか? その理論が通るなら金を大量にもらって悠々自適生活をしてもいいと思うが」


「冷静になってください、無限に湧き出る財布を手に入れて毎日怠惰な生活をする文を誰が好き好んで読むんですか? 結局何かトラブルを起こさないと誰にも読まれませんよ」


 正論ではあるがなんだか納得がいかなかった。


「ところで記録者がもしかして九パーセントくらいのお酒を飲んでいるのではないかという疑惑があるんですがどうなんですかね? 私も正直ガチャ配信とか無理のある方法でお金を手に入れないと難しいと思うのですが……」


「残念ながら思い切り素面なのでむしろ酔っていた方がまだ納得出来たんだがな」


 ストロングなチューハイ缶が大量に置いてあるならこんなとち狂った記録が存在出来るのにもなんとか説明が付かなくもない。ただ正気でこんなものを記録しているなら、なかなか情緒に問題があるのではないかと思えてしまう。もう少しマシな事が起こらないのだろうか?


 いや、分かっている。ごく平凡な人間が突然何か大事件に巻き込まれなんてしないんだ。だからといってそんなものを読みたいかと言われればまったく話は別だろう。


「お兄ちゃん、ガチャ配信するので一緒に見ましょう!」


「結局禁断の方法でお金を増やしたな、だからご都合主義なんだよ。大体ガチャ石を増やさなくても一発でピックアップを退けるようにするようにした方がよほど楽じゃないか?」


「そんなことをして面白いですか? ガチャなんて爆死してなんぼでしょう?」


 いや、確かにSNSにはガチャで失敗した画像が貼られてはいるけどな、お前はそれでいいのかと思ってしまう。


「ところで何故また急にガチャなんて回そうと思ったんだ?」


「ああ、なんか上位存在がガチャで爆死したそうで、だったらせめて私には成功して欲しいそうです」


「建前くらいまともなことを言わないのかな……」


 ガチャ爆死は自由だが、人の妹にガチャを回させるなよ。自己責任って知ってるか? どうせ俺たちのコレさえ記録するんだろう?


「どれだけ言っても無駄ですよ、さっさと千連回しますよ」


 俺は琴莉の言葉に開いた口が塞がらなかった。


「百連くらいにしておけよ……千連なんて現実的でもなんでもないだろうが。いくらご都合主義が許されるとしても限度ってものがあるだろうが、明らかに高校生が持っている石の量じゃ無いだろ」


「気にしない気にしない、ご都合主義を迎合していれば私たちは困らないんですよ」


 琴莉は徹底的に割り切っていた。こんな事が許されるのだろうか? あまりにも行き当たりばったりが過ぎるのではないだろうか? そもそも何をすればいいのかさえ知らない。ただ妹と二人で世界に放り出されたというのにどうしろと?


「ほらほら、録画しますから一緒に見ましょうね」


 言われて渋々琴莉の隣に座る。もうご都合主義でもいいやと開き直りたくなりつつある。


「さあ、初回十連です!」


 初回でいきなり最高レア度のピックアップキャラが出た。ご都合主義は構わないが、記録するのにこんなことをやったらお話しにならなくないか? 記録者はコレにヨシと判断したのか? もう少し引っ張った方がいいのではないだろうか?


「お兄ちゃんがいるとやはり運気が上がりますね! 結構なことです」


「人をご都合主義のラッキーアイテムにするんじゃない!」


「安心してください、私はお兄ちゃんを裏切りませんし、お兄ちゃんが酷い目に遭うようなことはありません! タグに特記しているものが無いでしょう! つまり私たちはあくまで全年齢! 至って健全な兄妹なのです!」


「確かにそうなってるけどさ、急にメタるのはやめろ」


 人によってはその話嫌いなんだからな、大半の人がタグを一々確認していないことをしっかり理解して欲しい。今さらのような気もするがな、それを気にするならとっくにブラバしているのは間違いないだろう。


「そもそも匿名で書き込むような内容が一万字続いていることが以上なんですよ。明らかに無謀な企画だとしか思えませんよ」


「それは……俺たちの存在意義に関わるから触れないでおこうな?」


 言ってはいけないことはある。きちんと気は使おうな。誰にでも人気なものを作るのは不可能だが大量の敵を作る作品を作ることは容易なんだよ。


「そもそも物量だけでゴリ押そうとする姿勢が気に食いませんね。冷静に考えてください、数を稼ぐためだけに毎日連載を二つも抱えるなんて正気ではないんですよ。記録者が明らかにキャパを超えてるじゃないですか」


「俺たちの記録者を悪く言うのは一向に構わんが、もしかすると他の人にもそれは聞く言葉かもしれないから出来れば言うな。まあ他の人はもっと上手くてまともな文章を書いているだろうがな。駄文を量産しているやつと一緒にされると怒るぞ」


「お兄ちゃんも記録者には辛辣ですね……」


「何時消えたり時間が止まるか分からない世界で神にも等しいヤツを信用出来るか? 実績を考えてみろよ、平気で無理矢理終わっている世界もあるんだぞ」


 俺にだって思うことはあるんだよ。それをあまり主張するようなことではないだけだ。


「じゃあお兄ちゃん、私は寝ますね」


「なんだよ急に、いや別に構わんが……」


「お兄ちゃんまで辛辣なメタいことを言っていたら私の調子が狂うんですよ。しばし床で寝るので朝までお休みなさい、コレが永遠の眠りにならないことを祈っていますよ」


「はぁ……まあ何が起きるってわけでもないがな……お休み」


 そう言って俺は灯りを消しベッドに飛び込んだ。琴莉はふかふかになった床の上で気持ちよさそうに寝息をたてている。現実を改変するほど無茶な力の行使は控えさせよう。


 俺は目を瞑ると、真っ暗になり情報が消えたのであっという間に意識が無くなった。

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