第3話「ステータスが開けると便利だよね」

「ハァッ! ステータスオープン!」


 朝から馬鹿馬鹿しいことをやっている琴莉を冷めた目で見ながら俺は朝食を食べていた。豪華にも今日はソーセージのレンチンだ。栄養バランス? 知ったことか。


「なあ、何やってんの?」


「ああ、頑張れば自分のステータスが開けないかなと思いまして」


「あのさ、この世界はファンタジーじゃないわけだが、なんでそんな突拍子もないことをやってるんだ?」


「だってステータスが開けると便利じゃないですか」


 よく分からんな。


「通知表でも見れば自分の能力が書いてあるぞ」


 そう切り捨てようとしたのだが、琴莉は俺に食ってかかった。


「お兄ちゃんは分かっていませんね。ステータスを詳細に開けば沢山の文字になるじゃないですか!」


「いや、作者もやってたけどさ、あんまりいい事じゃないだろ。あと際どい話はやめろ」


 まったく、闇の部分に関わりすぎなんだよ。


「いいじゃないですか、文字だと長くなりますけどコミカライズしたら一ページに収まるでしょう? だからコスパが良いじゃないですか、ある筋によると誰かさんは文字数が欲しいときにステータを無意味に開いていたとか」


「そんなことをするのは観測者だけだよ。他の世界の人たちはちゃんとした理由があってステータスを表示してるんだよ……」


 意味はあると思うんだがな、別にそのくらい構わないだろうが。


「というわけなので私はふと思いつきました! 人間ドックにかかって全数値を表示すれば結構稼げませんか?」


「個人情報を開示するのか……それを表示したら絶対炎上するやつじゃん。正気でいってるなら頼むからやめろ」


 俺の言葉に琴莉はへそを曲げてしまった。


「いいじゃないですか、ロクに容姿の記録も出来ない記録者に何を求めているんですか? 冷静に考えてみてくださいよ、私のことなんて巨乳で黒髪ロングくらいしか考えてないんですよ? お兄ちゃんに至っては『兄』の一文字で済まされているんですよ? もう少しキャラ立てが必要じゃないですか」


「俺の詳細って一文字しかないの!?」


「だって、男の人ってそんな男キャラに拘る必要無いじゃないですか。可愛い女の子がキャッキャしていればそれで十分と考えている記録者が男の人を出しただけでもマシだと考えてくださいよ。下手をすればお兄ちゃんはお姉ちゃんだった可能性すらあり得る世界だったんですよ?」


「俺の性別を雑に決めるなよ、頼むからさあ!」


 しかし琴莉は俺を言い負かせそうなのが楽しいのか平気で痛いところを突いてくる。


「ほらほら、お兄ちゃんもこの前の健康診断の結果を晒したくなったでしょう? ご丁寧に大量の項目を検査してくれているんですよ? きちんと保険が利くんですよ、少しでもお得に利用したいじゃないですか」


「お前マジで健康診断にわざわざ来てくれた人たちに土下座して謝れよ」


 本当にそういうことはやめろ。どう考えても炎上するだろうが。


「でも配信で健康診断の結果を見せられるところだけ見せたら結構同接が増えましたよ、やはり文字でも映像でも需要があるのでは?」


「早朝から危険極まりない配信をしてるんだな……ちゃんとアーカイブ消したか?」


「そりゃ消しますよ。一発ネタですしね」


 それは最低理解しているらしい。


「つまり、現実世界だってステータスはあるんですよ! ただ単にそれが力や魔力ではなく、血糖値や赤血球の値だというだけですよ。私は人気者になって収益化して稼げれば多少危ない案件だって受ける覚悟ですよ!」


「クソみたいな覚悟は今すぐ捨てろ! それは無い方がいい覚悟なんだよ!」


 勇気と蛮勇を一緒にしやがって。危険極まりないじゃないか。


「でもお兄ちゃん、少し考えてみて欲しいんですよ。誰も見てくれないよりは少しでも見られた方がやる気が出るじゃないですか。記録者だって記録が誰にも読まれなくてそっと消したり放置したりしていますよ」


「うぅ……お前に人間の心は無いのか? それは絶対触れちゃいけないところだろ」


 ヤバいところに突然切り込んでくるやつだ。観測されなくなった世界のことは静止しているだけでしっかり気にしているんだぞ。お気持ちくらい理解してやれよ、お前に人の心は無いのか?


「まったく、お兄ちゃんは随分と拘りますね。大体、ステータスを表示してきちんと全部読んでるんですか? お兄ちゃんだって絶対読み飛ばしているでしょう? それに観測者だって読み飛ばして問題無いようにどうでもいいことを書いていることくらい知ってるでしょうに」


「そういうことをするのはここの観測者だけだよ、大半の人はまともだということを理解しろ。そもそも俺たちの話が面白くなかったら静止する曖昧な世界にいるんだぞ? 危険なことを言って削除されたいのか?」


 しかし琴莉はまったく気にしていない。もう少し危なくないネタを選べって事だよ。


「しかし少し考えてください、とにかく見られたいじゃないですか、配信者にしろ何にしろ、見られたなんぼなんですよ。誰の目にも触れない感動的な文章より、沢山の人が見てくれる駄文の方がよほど価値が有ると思いますよ」


「なあ琴莉、一つ言いたいことがあるんだが良いか、俺たちは病気になったりしないんだよ。そもそもこんな会話をしている奴らが感動的な死別をするわけないだろ。だからステータスが高かろうが低かろうが、仮に表示出来ても何も起きないんだから無駄な情報なんだよ」


「っつ……観測者の技術で何とかそこを需要のある情報に……」


「無理無理、ここからお前が不治の病にかかると思うか? 大体ここは時間の流れが特殊だから死んだらリスポーンしたり時間を戻したりしても問題無いんだぞ」


「ここはあの世か何かなんですかね……整合性って言葉を検索して欲しいですね」


「諦めろ、そんなものを考えていたらもう少しまともな会話をしているよ。駄文を延々書いている時点でそういうものだと諦めろ」


「チッ……私の人気を高めようと思ったのですがね……」


 結局、琴莉は俺の部屋を出て行くときにその豊満な胸を手で揺らしながら出て行った。こんな事を一々記録させるほど人気取りには必死らしい。俺はむしろそこまで徹底していると信念ですらあるんだなと思った。

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