第2話「駄文を量産するのはやめましょうよ」

「お兄ちゃん、たしか小説を書いてましたよね? 配信で読み上げたいのですが構いませんか?」


「どこをどう考えればいいですよなんて言うと思ったんだ? お前の思考回路が心配だよ」


 ちなみに夜寝る前に飛び込んできた琴莉の言葉だ。初手から危険なネタを投げるなよ、センシティブなネタなんだからせめて観測されていないところで言え。オフレコなら絶対安全とは言えないのでそれでいいかといえばまた別だ。


「安心してください、赤の他人のネタを使うほど厚顔無恥ではありませんから! きちんとお兄ちゃんのものであることは確認済みですよ!」


「俺のプライバシー! プライバシー権を守れ! お前はPマークを取れるくらい勉強しろ!」


「アレってそんなに意味ありますかね? 怪しいものだと思ってますが」


「一応きちんとした認証なんだから、お前の雑な自己認識よりかは信用出来るよ……」


「元はといえばお兄ちゃんが始めたチキンレースじゃないですか、一蓮托生で何が悪いんですか」


 勝手にチキンレース認定するなよ……


「俺はきちんとギリギリのラインは考えてるよ、お前はアウトの場所からぶっ込んでくるから嫌なんだよ」


「大丈夫です! こんなものが書籍化されたら出版社の株価がヤバいレベルですよ? まともな大人がこの記録を真面目に考えるはずないですって。誰も読まない日記に何を書こうが誰も気にしませんよ」


「知ってることだけどさあ! ハッキリ言わないでくれないかなあ!」


 ああもう、こんな文章アル中だって書かねーよ。そもそもこの文章なんて出始めに『これを君が読んでいると言うことは……』から始まってもおかしくない駄文なんだよ、一々公開しづらいことを言うんじゃないって話なんだよ。


「大丈夫ですよ、お兄ちゃんは世界が終わるまで私が養ってあげますから!」


世界ぶんしような、お前の発言で一々世界がヤバくなっていることは自覚しようか」


「お兄ちゃん、恥じらいは捨てましょうよ。いい加減日記が書籍化なんてされるわけないと胸を張ってください」


 そう言って放漫な胸を張る琴莉、物理的に張っているな。


「なんかお兄ちゃんからセクハラ的な何かを感じるんですけど?」


「読心術を唐突に披露するんじゃない! 設定がぐちゃぐちゃになるだろうが」


「今さら気にしますか? どうせ私たちの話じゃないですか。記録している人がアレですが、世界のルールには違反していませんよ」


「違反はしてないかもしれないが、許されるかどうかはまた別だと思うぞ」


 正直、どうなんだろうな……? こんな会話を深夜にしていいのだろうか? 世界の偉い人が怒り出しそうな記録になっているぞ。


「細かいですね、いいですか? 日記を課題にして採点するようなクソみたいな学校は卒業したんですよ! つまり私たちは自由! フリーダムなのです!」


「自由には責任もあるし、世間には常識があるぞ」


 なお、俺は高校二年、琴莉は一年、その忌々しい小学校はとうに卒業済みだ。今さら人生をやり直す方法があるわけでもないし、何が残っても自由ではある。


 とはいえ、何を残しても良いかと言えばまた別の話だ。そういった無茶をするやつだと認定されるリスクはある。俺たちはどんなに危険なネタを言おうが問題無いが、記録者の方はまた別の話だ。


「責任は私たちが取るわけじゃないんですから気にしなければいいじゃないですか?」


 そうか? 俺たちは観測されているから存在しているんだぞ、果たして記録が全て消えたときにそれが存在したと言えるのだろうか? 誰かの記憶に残ったとしても証拠は何一つ残らないじゃないか。


「所詮は駄文ですよ、そもそも記録されていますが私たちは結局想像もつかないことはできないんですよ。だから何をやっても法律に違反するような心配は無いんですって」


「開き直るな! 一話冒頭でもう少し真面目に始まりそうな雰囲気だっただろうが」


「冷静に考えてみてくださいよ? 配信がテーマですよ? テレビで配信者の起こす問題が報道される世の中で私たちの行動がそれに比べてニュースバリューがあると思いますか?」


「時々危ない正論をぶっ込んでくるな……色々問題になっているんだから俺たちの間での話で済ませろ。記録者を巻き込むと全て消えかねないんだぞ」


「私たちの行動に価値を見出しすぎですよ。それに消えるとしたら私たちの存在した証が真っ先に消えると思いますよ?」


 しれっと非情な現実を突きつけるのはやめろよ、心が折れるだろうが。突然冷静になると困惑するから、おかしいことを言うなら初めから最後までぶっ飛んだ思考をしてろ、微妙にリアルなのが一番たちが悪いんだよ。


「さて、お兄ちゃんの小説ですが……」


「やめろ! 燃える未来しか見えないんだよ! 頼むからやめてくれ……」


 そう言っているのに琴莉は非情にPCの前に行く。俺たちの間ではパスワードなど無意味で当然のようにロックを解除してファイルを操作している。


「ええっと……これは……うぇ……正気ですか」


「お前な! 無理矢理読んだ感想がそれって失礼にも程があるぞ!」


「だって1MBもあるファイルがあるとは思わないじゃ無いですか! フロッピーディスクに入らない程大きくするなんて正気とは思えませんよ!」


「それは言うな……長編書いている人にマジで失礼だから」


「そうですね、お兄ちゃんの書いた1MBより読まれているものも普通にありますもんね」


 くっ……痛い所を突かれるな。分かってるよ、アマチュアの趣味なんだからいいだろうが。


「どうでもいいがフロッピーなんて失われた技術をよく知ってるな。お前はスマホとSDカードしか刺さらないPCで配信してるだろうに」


「いいですか? 未だに天下の大企業が保存アイコンをフロッピーディスクにしているんですよ、現物を見たことがなかろうがどんなものかくらいは分かりますよ」


 ああ、そういえばアイコンが未だにアレなものは結構あるよな。最近のはHDDマークにしていて、新型にしたはずが、最近のストレージがSSDになって結局時代遅れになっちゃったやつとか心当たりあるな。


「お兄ちゃん、なかなか危ないネタを考えますね。一応刺さる人もいそうですからフォローしておいてくださいね」


 そんなネット黎明期の住人はいないだろうと思うがな。


「大丈夫だよ、今時現役で使ってる人は使っててヤバいと思ってるはずだ。ドライブがロクに手に入らない記録メディアが安心して使えるはずが無いだろう?」


「あると思いますがねえ……結構興味のない人にはそんなリスク気にしませんよ」


「いいか、安全安心な記録を残そうとしているんだからな? 一々怖い話をぶち込んでくるんじゃない。いくらチキンレースだろうがルールってものはあるんだぞ」


「一応気にはしているんですね」


「なあ、四月の頭からこんなくだらない話をしていて大丈夫なのか? 俺たち消されたりしないか?」


「さあ? 観測者が増えたらタイムリープさせてでも引き延ばす奴に何を期待しているんですか?」


「文句を言いようがないからってさ、その発言は酷くね?」


「でも無茶をしたじゃないですか、こんなネタみたいなあとがきを本編にしているものをシリアスだと思う人の方がどうかしてるでしょ」


 知ってるけど! 知っているけどさあ! 言っちゃマズいことを平気でべらべらと言うんじゃないっての。


「お兄ちゃん、諦めましょうよ。世の中は不条理なものです。私たちは何時消えるかどうかも分からない曖昧なものです。せいぜい存在出来ている間だけでも好き放題しようじゃありませんか!」


 逆じゃないのか、普通はむしろ立つ鳥跡を濁さずというやつだと思うんだがな。


「まあいいじゃないですか、寝ましょうよ。そろそろ眠くなってきました」


「配信はいいのか?」


「自分で言いたくはないですが続けているのに登録千人にいってないんですよ? そんな頑張ったって報われたりしないものですよ」


 そう言って琴莉は床に寝転がった。


「自分の部屋で寝ろよ……」


 そう言うと琴莉は首を振って答えた。


「何もしないにしてもこの方が需要ってものがあるんですよ。匂わせって結構重要ですよ?」


 そう言って琴莉はあっという間に寝てしまった。俺はどうしたものかと考えたが、この世界について考える方がどうかしているのだと思って布団を被って意識を落とした。

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