妹の配信を見守る兄の話……になるはずだった何か

スカイレイク

第1話「配信界隈の治安と兄による危険予知」

「なあこと、お前また配信やったのか?」


 俺は可愛い妹にそう訊く。シスコンだと言われるが実際贔屓目に見ても可愛いとしか言いようがない、胸も大きいし。だからといって兄の俺がどうこうなるわけでもないんだがな。


「したよー、出来ればお兄ちゃんとコラボがしたいんだけどなー」


「俺はカメラに撮られると魂をとられるんだよ」


「お兄ちゃん、今の元号がなんだか分かってる? 昭和の人だってそんなこと言わないよ」


 ものの例えみたいなものだろうが、俺は映りたくないんだよ。問題はそこではなくてだな……


「なあ、配信の度に俺への惚気話をやるのやめてくれないか? その話が出るたびにお前の兄を特定したい連中が血眼になって探すから普通に怖いんだが」


 妹のリスナーは治安がね……いや、炎上系ほどじゃないんだけどさ、やめて欲しい事ってあるじゃん? 書き込みの度に妹の陰を気にするのって普通に怖いんだよね。


「悪いことを話しているわけでもないですしいいじゃないですか、ちゃんと個人情報は隠してますよ?」


「そういう問題でもないんだがなあ……」


 どうにもな、一応琴莉も3Dモデルを被ってはいるが、リスクを無視出来るわけでもないだろうに、いくらアバターを使っていようが燃えるときは燃えるんだよ。


 直結狙いも案外いるしな、怖い怖い。幸い俺のアカウントが見つかっていないだけマシではあるが。


「それに、お兄ちゃんの声がマイクに乗ったときにハッキリそう言わないともっと燃えると思いませんか?」


「一理ある」


 俺がガチャでSSRを引いたときに歓喜の声を上げたときに壁ドンが来たもんな。あんなもの上手に誤魔化さないと絶対に炎上するか、兄の声であるといえば真実は確かめようがないしな。実際兄だから問題無いんだろうけど。


「ちなみにミスキちゃんとコラボ中でした」


「仲が良いのは結構だが、ネットの関係は気をつけろよ」


 それだけ言ってその場は収まった。あんまり細かいことを言って外で配信されても困るし、黙っておいた方がいいのだろう。配信界隈の治安が悪いのが悪いんだよ。


 しかし、妹がきちんとアバターを被っているのは非常に賢明だな。黒髪ロングの巨乳とかネット民が歓喜しそうな姿を見せた日にはどうなるか分かったもんじゃない。


「メシにするか」


「いいですね!」


 俺はキッチンに向かい、炊飯器に残っている米をフライパンにぶちまけて卵とネギを入れ少し炒めて化学調味料をぶち込む。


「ほら、チャーハンな」


「お兄ちゃん、作ってくださるのは感謝していますがこれをチャーハンと言い張るんですか……」


「炒飯なんて炒めた飯って書くんだから何一つ間違っていないだろう?」


 俺が軽くそう言って飯をかき込む。正直ゼリードリンクでも固形食料でも栄養に問題無ければ構わないと思っているが、妹が望むのなら手料理を披露するのもやぶさかではない。ちなみに現在目の前で琴莉が写真を撮っているが、きちんと映り込みがないようにマットな食器を使用している。どこで反射するか分からないからな。


「しかし、よくそんなに配信するネタがあるな……」


「ふっ……私はもっている人間ですからね! トークだけで一時間持たせるくらい余裕ですよ! まあ今回はゲーム実況でしたが」


「ふーん……父さんと母さんはまたしばらく帰ってこないって連絡あったぞ」


 結構重要っぽい情報をただの世間話レベルで流す。まあ子供を放っておくのがいいかどうかは知らんが……


「へー、いいんじゃないですか。お兄ちゃんはいるんでしょう?」


「そりゃま、生活能力が破綻している妹を放ってはおけないからな」


 お金はきっちり振り込んでもらっているので文句を言っても仕方ない。むしろ海外の治安の悪い地域に行くよりはマシかもしれないな。あの二人が平気で世界中を駆け回っているとしても俺や琴莉にそれが出来るわけでもない。


「失礼ですね、お兄ちゃんは細かいことを気にしすぎなんですよ。昨日のお茶を飲もうとしただけで取り上げたじゃないですか。確かに蓋を開けてましたけどペットボトルで一日くらいどうってことないでしょう?」


「いずれ腹を壊さないか心配な発言はよせ」


 お茶って割と痛むからな? 一応有機物を一日常温で放置しているという事実から目を逸らさないで欲しい。普通に常温で一日おいた牛乳はヤバいと思うのにお茶だと目が濁るんだよな。


 そうして二人でくだらない話をしているうちに、皿が空になったのでそれを洗う。妹の言うところによると「お兄ちゃんの料理はSNS向きじゃない」そうだ。そんな必死に料理の写真を撮る必要なんて無いだろう。


 洗剤で皿を洗いながら、琴莉に今日の配信はどうだったか訊いてみる。


「最高でしたね! お兄ちゃんも私の配信アーカイブを百回くらいリピートしてください!」


「悪いが人生は有限なんでな」


「お兄ちゃんがあと百人登録してくれたら収益化が通るんですよ?」


「お前な、妹が十二人でもアホほどネタにされたのに兄が百人とかやれるわけないだろうが」


 十二人までは知っている、それから上の作品もあったのかもしれないが、俺の知っている範囲にはない。


「お兄ちゃん、今時そのくらいの設定で読者が驚くと思ったら大違いですよ」


「はいはい、兄が百人って絶対非血縁も混じるだろうが、お前それでいいのか?」


「多少の非血縁を受け入れるくらい私の心は広いですよ」


 無敵だな……正気かよ。つーか一人一アカウントというわけでもないし、まだ複垢とって登録しろの方が現実的な気がする。少なくとも俺が百人に分身するよりよほど現実的だろう、モラルの方はドブに捨てることになるがな。


「あの、いくらこれをのせるのがアレの運営しているサイトだからって、あまりにも際どいメタネタじゃないですかね?」


「大丈夫だ、なんか最近あそこは結構クレイジーなやつを受け入れる度量があるからな」


「運営がおかしくなっているだけじゃないですかね……」


 言ってはならんことを言うやつだ。そもそもメタネタ自体死ぬほど嫌いな人もいるんだからぼかしてるんだろうが、直球で言うとヤバいに決まってんだろ。


「とにかく、俺たちの行動は記録されているんだから不規則発言をするな。いくら心が広いとは言え無法地帯ではないんだぞ」


 やりたい放題やったらペナルティがあり得るんだよ、好き放題言うんじゃない。


「お兄ちゃん、私の読書経験から言うとこのくらいどうってことないですよ? 普通にもっとド直球なネタを突っ込んでくるものもありますよ、しかも発行元が別会社……」


「はいはい、それ以上はやめような。こんな道楽以外の何ものでもない話でリスクを冒すんじゃないよ。ネズミの駆除に地球を壊すことはないんだよ」


「そのネタも大概だと思いますがねぇ……」


 こうして俺たちの茶番が始まった。終わりがあるのかは記録者さえ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る