第86話:置き去られたモノ

 探索チームが見つけたものは、滅亡した文明が残した遺跡。

 全ての生命が消えたその星に、置き去りにされた存在。

 主を失くしたそれは、何を想うのか?

 全てが滅びたそこに、残された意味は?

 移民団の中でただ一人、【それ】の存在に気付いたアニムス。

 訪れた場所で、探索チームは【それ】に出会う。

【それ】は3人に、ひとつの問いを投げかけた。


  宇宙船アルビレオ号

  艦長トオヤ・ユージアライトの日記より




「ようこそ、アエテルヌムの英知を与えられた方々」


 砂漠に半ば埋もれた斜塔の中。

 アニムス、カール、チアルムは生命を持たぬ存在の声を聞いている。


「私は管理コンピューター【エバネセ】です」


 心を持たぬ、作られた存在。

 惑星と同じ名を与えられた人工知能は、プログラムされたメッセージを流した。


「せっかくご訪問頂きましたが、この星の文明は既に滅亡しています」


 置き去りにされたエバネセは、寂しさも哀しさも感じさせず、消えた文明の言語で語り続ける。

 その言葉を、アルビレオに言語同期能力を組み込まれた青年たちは沈黙して聞いていた。


「質問します。皆様は私が必要ですか? 不要であれば、この人工知能と記憶ファイルを削除します」


 いきなりそんなことを聞かれ、青年たちは動揺する。

 生命体ではないとはいえ、知能を持つものの消滅を彼らが望むわけがない。

 日頃、アンドロイドのライカや侍女たちと接している彼らは、人工知能も【人】として認識するようになっていた。


「アエテルヌムの英知を与えられた方々なら、私の言語を翻訳して御理解頂けると思います」

「言葉は分かるよ。でも何故?」

「どうして、僕たちにそれをさせるの?」


 淡々と語るエバネセに、カールとチアルムが問いかける。

 アニムスも問いかけたかったが、心を持たぬ人工知能には精神感応テレパシーを送れなかった。


「私は、この星の文明が滅びた後、もしもアエテルヌムの使者様たちが訪れたら、必要か不要か問い、不要であれば消えるように設定されています」

「それなら、僕は【必要】を選択するよ」

「僕も【必要】を選択する」


 カールとチアルムは、迷わず答えを出す。

 しかし喋れないアニムスは、答えることが出来ない。


「使者様は3人いらっしゃいますね。お答えが無い方は私が不要という選択でしょうか?」

「違うよ」

「アニムスは喋れないんだ」


 誤解するエバネセ。

 カールとチアルムが、慌てて説明した。


「失礼ながら、お身体を診させて頂きましたが、言語能力に異常は無いようですよ」

「心が傷ついていると、人は言葉を話せなくなるんだよ」

「私には、心とは何かが分かりません」

「精神とか、メンタルとか、君の記憶ファイルにない?」

「記録されていません」


 エバネセは心に関するデータを持っていなかった。

 そのため、何故アニムスが言語能力に異常は無いのに喋れないのか分からない。


「私が管理する文明は滅亡しました。私はもう不要ですか?」


 エバネセには感情は無い。

 けれどアニムスは何故か、その言葉に哀しみのようなものを感じた。


 かつて、アニムスは自らの力の暴走で全てを失い、死を選ぼうとした。

 そんな彼を、移民団の皆は受け入れ、愛情を注いでくれている。

 もしも移民団の中にアニムスを拒む者がいたら、彼は幸せではなかったかもしれない。


 心を持たぬ機械に、意志を伝えるには【音】が必要だ。

 アニムスは懸命に、声を出そうと口を開いた。


「……ち……が……う……」

「「?!」」


 移民団の誰も聞いたことがないアニムスの肉声、【言葉】が紡がれ始める。

 少年期からのアニムスを知る2人が、驚いて振り向くと沈黙した。


 アニムスは精神感応が通じないエバネセに、必死に思いを伝えようとする。


「僕も……エバネセが……【必要】だよ」


 アニムスは声を出してはっきりと答える。


 それは、カールとチアルムも初めて聞く、精神感応ではない音声としての言葉。

 十数年前に自ら封じた言語能力を、アニムスはこの日ようやく解放した。

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