第84話:記憶の移し替え
ティオとレシカは、老衰死を迎える前に新たな肉体への記憶の移し替えを望んだ。
記憶とは、脳が情報を受け取る【記銘】、その情報を保つ【保持】、必要な時に情報を呼び出す【想起】という3つの働きによるもの。
アルビレオには、個人の記憶をコピーし、ファイルとして保管する機能がある。
カエルムとルチアのような残留思念は、強い未練が無いと残らない。
記憶のコピーは、未練の有無関係なく残せる。
乗組員の中でトップを誇る狙撃手のティオは、移民団の主戦力として記憶を残してくれるという。
レシカも優秀な狙撃手であり、ティオの妻でもあるので共に残ってくれるそうだよ。
2人の新しい身体は、それぞれの細胞を採取して培養することで作られた。
培養カプセルから出る際の肉体年齢は、本人の要望通りに。
地球文明のクローンに似た技術だけど、アエテルヌムのそれは更に上の技術によるものだった。
宇宙船アルビレオ号
艦長トオヤ・ユージアライトの日記より
「鍛えた身体を再現するなんて、アエテルヌムのクローン技術は凄いな」
記憶を移し替えた身体を確かめるために、射撃場で短銃を構えながらティオは言う。
新しい身体は、彼が最も調子が良かった20代の状態に仕上げられていた。
「まるで、過去の自分の身体に戻ったみたいだ」
地球文明のクローン技術は遺伝情報のみ再現するものだったが、アエテルヌムの技術は経験による変化も再現出来る。
ティオの身体は、トレーニングによって後天的に得た能力までも完璧に再現されていた。
「……ところで」
と言うティオが半目になって視線を向ける先では、10代後半の若い身体を得て上機嫌のレシカが、鏡を眺めてウキウキしている。
クローン体の年齢は培養カプセルの設定で自由に変えられるので、レシカは肌がキレイな10代後半を希望した。
「レシカ、お前ちょっと若返り過ぎじゃないか?」
「いいじゃない、私はこのくらいの歳の方が調子がいいのよ、お肌の」
脹れっ面になるレシカの肌は、確かにスベスベでキメ細かく、最高の状態に見えた。
同い年の夫婦は、希望した肉体年齢の違いで年の差婚みたいな見た目になっている。
「年の差が開くみたいなのが嫌なら、ティオも10代になればいいじゃない」
「俺は20代の方が完成度が高いんだよ」
そんな事を言い合う2人だが、実際はそれほど見た目の年齢差は気にしていない。
彼等は人工生命体ではなくアルビレオの端末でもないので、新しい身体もいずれは老いる。
そうなれば、また新しい身体を作ってもらえばいい。
トオヤのような不老不死ではないけれど、ティオとレシカも望めば長い時を生き続けられるのだ。
「相変わらず仲良しねぇ」
「そうだねぇ」
見た目年齢が上になってしまった息子ニイと娘ミイが、ティオとレシカを眺めて呟く。
永遠の夫婦は、今日も仲良く喧嘩するのだった。
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