第82話:送り酒

 師匠が亡くなり、ベガ1人になった艦内の居酒屋を、成人済みのカールが手伝うようになった。

 カールと仲のいいチアルムとアニムスも一緒に手伝っているよ。

 移民団に加わった時は子供だった3人も、今ではすっかり大人だ。

 3人より年下の子供たちも、随分と大人びてきてる。

 僕はアルビレオの所有者になった18歳から見た目が変わらなくて、成人した子たちに見た目の年齢を追い越されてしまったよ。

 アイオやセラフィも見た目が変わらないから、3人よりかなり年下に見えてしまう。

 もともと成人していた乗組員は、高齢化しつつある。

 太陽系を出る時は40代だったベガは、今では60代で白髪が多くなった。

 20代の若い夫婦だったティオとレシカも、今では40代の熟年夫婦だ。

 移民団の人々は、生命の時を刻みながら生きている。

 限りある命は恒星のように燃えて、いつか消えてゆくもの。

 けれどその思い出は、僕たちの記憶に永遠に残るだろう。


 宇宙船アルビレオ号

 艦長トオヤ・ユージアライトの日記より




 花園エリアの片隅にある、白い石材で造られた小屋。

 パウアの遺灰と遺骨を入れたカプセルを安置するために建てられたもので、周囲には秋桜に似た様々な色の花々が植えられている。


「よう、1杯どうだ?」


 ベガは石小屋の前にドッカリと腰を下ろし、供えたグラスに生前のパウアが好んだウイスキーを注ぐ。

 パウアとのコンビで楽しくやっていた居酒屋は今、カールたちが店番してくれている。

 夜時間の花園エリアは、星明りの中庭を思わせる演出で、天井に星空が映し出されていた。

 植えられた花の中には暗くなると白く発光するものがあり、幻想的な雰囲気を漂わせる。


「独り酒は寂しいだろ?」


 石小屋に話しかけながら、ベガは自分の手に持つグラスにもウイスキーを注ぐ。

 ベガはパウアとは30年ほど歳の差があるけれど、呑み友で気楽に語り合える仲だった。


「俺もあと20~30年くらいでそっちへ行くからな」


 アルビレオ号の医療は優れていて、老衰以外の死はほぼ無い。

 酒の量が多いパウアでも96歳まで生きた。

 ベガはおそらく自分も90代まで生きると思っている。


「それまで、のんびり待っててくれや」


 弟子のトオヤに全て継承させたから、自身は思念など残さずにあの世へ行くと言っていたパウア。

 ベガもカールという優秀な弟子がいるので、生きた証はそれで充分だと考えていた。

 いずれはベガの遺骨と遺灰も、同じ小屋に納められることだろう。


 昼時間はティータイムやダンスレッスンを楽しむ人々で賑わう花園エリアだが、夜時間は静かな場所。

 ベガは60代にしては丈夫な歯と顎で、硬い干し肉を齧りつつウイスキーを呑んでいる。

 のんべえならではの弔い方に、パウアも満足したに違いない。

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