第36話:消えた少年

アニムスが消えた。

ついさっきまで腕の中にいたのに。

移民団に入るのが嫌だったわけじゃないと思う。

精神感応テレパシーが流れ込んできた時、アニムスの本当の気持ちも一緒に伝わってきたから。

一緒に行こうと誘われた事を、彼は喜んでいた。

けれど同時に、何か大きな罪の意識を持っているのが感じられた。

自分は人殺しだと彼は言った。

でも僕たちは彼が悪人とは思えない。

きっと何か、そうしなければならなかった事情があると思う。

僕はアニムスが最初に着ていた衣服に、【残留思念感知サイコメトリ】を試してみる事にした。


 宇宙船アルビレオ号

 艦長トオヤ・ユージアライトの日記より




アニムスを保護した際に着ていた衣服は、アイオが洗濯して子供部屋のクローゼットに保管していた。

トオヤはそれを取り出してプレイルームのテーブルに置き、衣服に残る過去の思念を読み取り始める。


最初に視えたのは、白いフサフサした猫に似た生き物。

アルビレオのデータによれば、ミカルドキャットと訳せる種の生物だった。

少年はそれを可愛がっていた。

優しく微笑む成人男女の姿も視える。

それはおそらく少年の両親だろう。

木造建築の質素な家の中で、少年は愛されて育っていた。


風景は変わり、村の広場らしき場所。

軍服を着た男たちが、村人たちに何か話している。

男たちは少年に徴兵を命じていた。

両親は愛する息子を守ろうとする。

まだ成人もしていないのに兵役なんてさせられない、兵士の前に立ち塞がり抗議した父親は、何かに胸を撃ち抜かれた。

胸から大量の血を溢れさせて倒れた父、悲痛な叫びを上げる母も眉間を何かに撃ち抜かれる。

邪魔する者がいなくなった兵士たちが、呆然とする少年の頭に金属の輪を装着しようとした時、何かが壊れたような感覚と共に爆発が起きた。


数秒ほどのホワイトアウトの後、少年の視界に映ったのは陥没した地面。

建物も草木も人々も、全てが消滅していた。

それらを消し去ったのが自分の力であると、少年は感覚的に理解した。

少年は言葉にならない叫びを上げ、その場から逃げ出す。

行き先など定まっておらず、森の中に駆け込んで走り続けるうちに、足を踏み外して渓流へ落下した。

頭や身体に強い衝撃を受け、朦朧としながら冷たい川の水に浸かり、意識はそこで途切れる。


暗転した意識が戻った時、少年は誰かの腕に抱かれていた。

両親よりも若い、けれど両親と同じ温かさを感じる青年。

それが味方か敵か、少年には分からない。

ただ、温かさと共に何か安らぐような感じがする。


(……もう、何も考えたくない……)


その温もりに身を委ねて、少年の心は深層へ落ちていった。



残留思念感知サイコメトリを終えたトオヤは、アニムスが残していった衣服をそっと撫でた。

あのクレーターを作り上げたアニムスのサイキックは、子供が持つには強過ぎる。

無慈悲に殺された両親、その兵士への怒りが爆発した力は、罪の無い村人も巻き込んでしまった。

大人でも耐えられそうにない過去を、少年は抱えている。


「おとうさん、アニムスはどこへ行ったの?」

「アニムス帰ってくるよね?」


両脇に座って見ていたチアルムとカールが、不安そうに見上げてくる。

トオヤは左右の子供たちの頭にポンッと手を置き、何か決意したように立ち上がる。


「帰ってこないなら、迎えに行くよ」


そう告げる彼は、アニムスをこのまま見捨てるつもりは無かった。

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