第8話:母星

「トオヤ、そして移民が決まった者、旅立つ前に一度地球へ来て下さい」


そんな通信が入り、トオヤはパウアから譲渡された小型艇で地球へと向かう。


昔の大戦で生物が棲めない惑星ほしとなって以降、そこへ行く事を許されるのは限られた人間だけ。

限られた人間とは、地球の再生に携わる学者たちと、それを手伝う者。

一般人は立ち入りを許されず、地球人の子孫でありながら一度も地球の土を踏む事無く生涯を終える。

コロニーで暮らす人々が地球へ行くのは死後、埋葬される時だけ。

生きている間は母星へ帰れない、それがトオヤたちの時代の人類だった。


「まさか、生きてる間にここへ来れるとはな」


パウアが感慨深い様子で言う。

彼は人生の後半を過ぎた歳なので、自らが終わる時を考えた事はあった。


「月からずっと見てきましたが、ここへ降りたのは初めてです」

「僕もコロニーの展望デッキから見るだけで、降りたのは人生初だよ」


アイオとトオヤもそんな会話をしながら、初めて触れる地球の大地を撫でている。

未だ居住を許されない惑星は、荒れ地に育つ植物が植えられた草原になっていた。

その草が育つ養分となっているのは、数え切れない人々の遺灰。

死した者は土に還り、地球の再生に貢献するのがこの時代の常となっている。


「ライカ、この風景を記録しておきなさい。ここがお前を作った文明が生まれた地、お前の故郷だ」

「はい。記録して、永久保存します」


同行したテンゲ博士がライカに言う。

ライカは一面に広がる緑の草原とそこに立つ人々、遠くに見える地平線とそれを眺めるトオヤとアイオの後ろ姿を、映像として記録した。



地球を管理するコンピューター【マザーアース】は、地球に遺灰を埋める事の無い移民団に、一度だけ故郷の土を踏ませてやってほしいというテンゲ博士からの要望に応えて、トオヤたちを地球へ招いた。


「故郷を離れ、彼方の惑星ほしへ旅立つ皆さんの未来が、良いものである事を祈ります」


マザーアースは優しい女性の声で言う。

テンゲ博士の先祖が作り上げたコンピューターは、聖母をイメージするAIが組み込まれている。


移民メンバーはそれぞれ地面に手を触れて、故郷に別れを告げる。

中にはマザーの許可を得て、小瓶に土を少量入れて持ち帰る者もいた。


「トオヤ、貴方は誰よりも長く生きる者、地球の子供たちを見守ってあげて下さい」

「はい」


人々が帰り始める頃、マザーはトオヤに何か含むような事を言う。

この時のトオヤは、自分が移民団の宇宙飛行士の中で最年少だからだと思っていた。

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