第56話〈空が繋いだ奇跡〉

※この話は特に『最後の日記』の小説と繋がりが深い内容になっています


 2004年1月7日……

 1年前の誕生日の日に亡くなった妻との「同じ日に死ぬ」という昔の約束通り、私は今日で全てを終わらせようと思っていた。

 そして朝起きて、渡せなかった日記を見た途端……急に虚しくなった。

 

「おめでとうと伝えたい君は、もうこの世にいない! 新しい日記は真っ白なまま! 君との約束通り、今日死のう……こんなもの、もういらない!!」


 日記をゴミ箱に叩きつけて捨てようとした時だった。


ピンポーン

「おはようございま~す、デイサービスの篠田です! お迎えにあがりました~」


 私は返事をした後、ふと思い立ち……日記を紙袋に入れて、同じ誕生日である篠田さんに渡すことにした。


「誕生日おめでとう……これを貰ってくれないか?」


 そして私は帰りがけ、11月15日に彼女から誕生日プレゼントを受け取るという、新たな未来の約束をしてしまった。


「誕生日プレゼント……か……」


 8月16日……ヒロの命日で終戦日の次の日……

 デイサービスに行くと、夏祭りの行事の日とのことで色々な企画があって本当に楽しかったが……

 祭りの最後に篠田さんが、「皆さん中々行けないと思いますので、近くの花火大会を撮ってきました~」と花火のビデオをテレビで流した。


ヒューーーードゥオーーーン

シャーーーシャーーー


 私はその音を聞いた瞬間、動悸がして東京大空襲のトラウマが蘇り……「花火は嫌いだ、戦争を思い出すから」とデイルームをそっと退出した。

 我ながら情けないが、これ以上あの部屋にいると耳を塞いで叫んでしまいそうだった。


 すると篠田さんが「大丈夫ですか!?」と心配して、すぐに駆け寄ってきてくれた。

 その時デイルームから、ある音声が流れた。


「続いてはメッセージ花火です! 『大好きなおじいちゃんへ……いつも空から見守ってくれてありがとう。お盆だから感謝の気持ちを込めて花火を送ります。本当は一緒に見たかったけど、お空から見えるといいな』……」


 私は不思議とその言葉を聞いて久し振りに花火が見たくなり……デイルームに戻って何十年振りかの花火を見た。


「何だコレ…………キレイだ…………本当に……キレイ……」


 沢山の恐ろしくて悲しい思い出が、一瞬にして新しく塗り替えられていく気がした。


 帰りに送ってくれる篠田さんの軽自動車に乗り込むと……彼女は涙声で言った。


「高田さん、今日は花火なんて流して本当にすみませんでした! 前に高田さんが『花火は見に行けないから』って寂しそうに言ってたの……足が悪くて見に行けないからじゃなくて、つらいから見られないって意味だったのに……『みんなでキレイな花火見ましょう』とか言っちゃって……私、何にも分かっていなかった……」


「いいや……キレイなものを見てキレイだと素直に言える事は、とても素晴らしいことだよ? それに本当に今日は嬉しかった……ああ、僕達が願っていた幸せな時代になったんだな~と思えてね……」


「そんな…………今日テレビでやってた終戦日追悼式のニュースの空襲の音を聞いて気付きました……花火の音とそっくりで、なんて残酷な音なんだろうって…………私のせいでトラウマを思い出させてしまってすみませんでした!」


「いいや……寧ろ今日は久し振りに花火が見られてよかったよ……それに君のおかげで色々思い出した。花火には元々『鎮魂』の願いが込められているんだ……それと……」


「それと何ですか?」


「実は僕は昔、特攻隊員でね……仲間達は本の暗号に想いを託したり、今まで隠していた思いを打ち明けたり、僕達の幸せを願いながら旅立ってしまったけれど……君のおかげで思い出したんだ。訓練していた基地が花火大会で有名な場所の近くで、いつか一緒に見たいなと思っていたこと…………今日は何だか同期の仲間と一緒に見られた気がしたよ、ありがとう」


「こちらこそ……ありがとうございます」


 篠田さんは涙を拭いて車を発進させた。


 2004年11月15日……

ピンポーン

 いつもの様に迎えに来た篠田さんが、私が玄関のドアを開けるなり言った。


「高田さん、今日は誕生日おめでとうございます! 今日は高田さんの誕生日会がありますからね~ケーキのデザインも私が考えたんです! 偶然、今月の誕生日会係で本当によかった」


 デイサービスで皆にお祝いしてもらい、一人ぼっちで迎えるはずだった私の誕生日は賑やかな誕生日になった。

 帰りの送迎も、いつもの様に篠田さんで……


「今日は本当におめでとうございます! これ……みんなには内緒の誕生日プレゼントです! 高田さんと奥様の話を聞いて作った歌なんですけど……」


 渡されたカセットテープには『散歩道』という題名が書かれていた。

 そして「うちが最後の送迎なら……」と家に誘って、一緒にその曲を聞いた。


~~~~~~~~~~

1、

いつも歌ってる 車イスのおばあさん

いつも照れている 幸せそうなおじいさん

何年時が経っても消えないものがある

シワシワの手は 働き者の証拠なの

ふたりで歩いてく この道はこれからも

遠くて短い 君が大好きな散歩道


2、

いつも笑ってる シワだらけのおじいさん

いつも眠ってる 幸せそうなおばあさん

忘れてしまっていても消えないものがある

シワシワの目は 幸せでいる証拠なの

ふたりで見る景色 高さだけ違うけど

ゆっくり進もう 君の大好きな散歩道


3、

いつも歌ってた 調子はずれおじいさん

いつも聞いていた 歌が大好きなおばあさん

見えなくなったとしても消えないものがある

笑うその目は 何度涙流したの?

ふたりでいる景色 永遠じゃないけれど

どこまでも歩こう 君の大好きな散歩道

かけがえのない散歩道

~~~~~~~~~~


 私は歌を聞いている間、妻との思い出が走馬灯のように浮かび……思わず目頭が熱くなった。

 聞きながら妻との昔話を思い出し……遺影の中の妻が微笑んでいる気がした。


「ありがとう、篠田さん……私達には子供がいなかったから、君のことを孫の……いや娘のように思っていたが…………この歌こそ、まるで私達の子供のようだ」


「こちらこそ、ありがとうございます……この歌は、高田さん夫妻のお話を聞かなければ最後まで作れませんでした……それに作りながら初めて作った『空を見上げて』って曲をなぜか思い出して……初心を忘れず色々頑張ろうって思えました」


「『空を見上げて』?」


「高校の時に初めて作った曲で、応募してみたら優秀賞を貰ったりしたんですけど……実はその曲ができたのは、ある絵を見て感動したからなんです! 私、中高一貫の女子校に通ってて高校に入学する前に高校の見学会があったんですけど、玄関に素敵な絵が飾ってあって思わず見とれてしまって……」


「へえ~どんな絵なんだい?」


「沢山の色んな種類の鳥達が空の太陽に向かって飛び立っている絵なんですけど、その中に一匹だけツバメがいるんです! 一番先頭の一番高い所に……」


「そ、れは……」


 私は言葉を失った。

 彼女が言っている絵は……


「入学してからもその絵が大好きで、絵の前で文化祭ライブの曲の相談をしてたら『翼になりたい』を私も歌うことになって……恥ずかしかったけど聞いてた人が泣いてくれて、本当に嬉しかったです」


「あの……君が行っていた高校ってもしかして……」


 奇跡だと思った。


 結局私は、その絵は私が描いたものだと言わなかったが……

 そして私は昔、「僕の絵にはヒロみたいに人を感動させる力なんてない」と言った後の、ヒロの言葉を思い出した。


「大丈夫、お前は大丈夫だ!」


 そして『未来を生きる君へ』の最後の文を思い出し……自分から投げ出さずに最後まで生きてみようと思った。


「今日は本当にありがとう……『空を見上げて』って曲、来年の誕生日に聞かせてもらえるかな?」


 それを聞いた彼女は、妻に似た本当に嬉しそうな笑顔で頷いた。


 その日の夜、私は布団の中で呟いた。


「そうだ……今度のあの子の誕生日に星の髪飾りをあげよう。幸せに生きていけるように、いつか困った時の道標みちしるべとなるように、いつかあの子を守ってくれるように、精一杯の願いを込めて……」


 そして私は決意した。

 ヒロに頼まれたけれど果たせていない約束を、今度の純子の誕生日に実行しようと……

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