第44話〈土浦空襲の奇跡〉後半

「平井……ちょっと写真撮らせてくれ。お前だけ写真を撮れてなかったから、お前の写真を丸く切り取って右上に貼ろうと思って」


「え……それってなんか縁起悪くない?」


「…………冗談だ」


「アッハッハ〜お前の冗談、初めて聞いたわ」


「ほんと、写真撮ろうとかも意外だし……」


「うるせえ……」


「ねえ、ちゃんと並んで五人で撮ろうよ! 坂本くんが真ん中で、右側が僕と島田くんで、左が高田くんと篠田くん……っていうのはどうかな?」


「平井お前、ええこと言うがな〜よっしゃ」


「ハイ〜みんな並んだね?……って表情固くない? 笑って笑って〜坂本くんが笑いながら困ってるよ〜?」


「じゃあさ、掛け声を『ハイ、同期!』ってするのはどう? そしたら自然に笑顔になるよ?」


「源次〜ナイスアイデアや!」


「それじゃ、いくよ〜? ハイ、同期!!」


 写真に写るみんなは、今までで一番の最高の笑顔だった。


 暗くなる時間に合わせて、僕達は由香里ちゃんおすすめのホタルが見える場所に行った。


「うわ〜ゲンジがいっぱいや〜」


「源氏ボタルね……ゲンジだと僕がいっぱいいるみたいになっちゃうから」


「ここら辺は空襲の被害がなくて本当によかったです」


「だいぶ基地から離れとるからのう」


「俺はこんなに沢山のホタルを見たのは初めてだ……なかなかキレイなもんだな」


「ね〜すごいでしょ? 僕も去年、由香里さんと来た時に驚いて……絶対みんなと一緒に見たかったんだ」


「ほ〜去年は二人で見たとは、その頃から好きだったんやないか?」


「篠田さん達が来なかったから仕方なくです〜」 


「そんな〜」


「あれ? あのホタルだけ光るの早くないか?」


「へ〜珍しいな、同時に見られるなんて……あれは平家ボタルだよ。源氏ボタルは大きくゆっくりで、平家ボタルは小さな光が素早く光るんだ〜生息地が源氏は流れがある川で、平家は流れがない溜め池って鹿島で坂本くんに聞いたけど……ここでは同時に見られるんだね」


「そういえば僕も坂本くんから聞きました! ホタルが光るのは求愛の為なんだって……『俺はここにいるよ』って」


「じゃあ、あの一番よく光っているのが生まれ変わった坂本かもな」


「ほんまや……めっちゃピカピカしとる〜あいつ涼子さんがいるんやから、これ以上モテようとすんなっちゅうねん」


「僕、気付いたんですけど…………人っていなくなって見えなくなっても、ちゃんといるんですね……坂本くんが、みんなの心の中で笑ってます」


「そっか…………そうやな……坂本も空襲で死んだ家族も、心の中におるんかもな……」


「3月の大空襲も酷かったですよね……東京の方が真っ赤な空で、爆弾が落ちていくのが見えて…………東京にいる父が心配だったけど、何もできなくて悔しくて涙が出て……」


「こっちの方まで見えてたんか……」


「実は、僕の父は小説家で……爆風がすごくて土浦まで色々なものが飛んで来た時に、目の前に落ちてきたのが父さんの本で……」


「幸い父は無事だったけど、今度空襲があった時は……今度こそは、誰か一人でもいいから……助けたかったから……だからね? 後悔はないんですけど……」


 平井くんの目には薄っすら涙が浮かんでいた。


「僕も小説家になりたいと思って小説を書いてたから、こんな腕じゃもう二度と小説が書けないな〜って…………もっとも戦争中でそれどころじゃないし、これを機にきっぱり諦めます」


 由香里ちゃんが堪らず声を掛けようとした時、ヒロが言った。


「諦めるな!! まだ左手があるやないか! お前には立派な想像力がある! 他人の痛みを自分の事のように感じる力があり……死んでもうた奴もまるでそこにおるかのように見える力がある…………お前のおかげで久し振りに坂本に会えた気がしたわ…………お前にはお前にしか書けない物語がある! だから絶対、諦めんな!」


「…………分かったよ……ありがとう、篠田くん……君の事、最初は正直嫌いだったけど…………今では、大好きだ!」


「やっぱり篠田さんカッコいい……」


「由香里さん、そんな〜」


「冗談よ! 今度弱音吐いたらバッターだからね?」


「「「あちゃーありゃ痛いんだよな〜」」」


 僕達は、みんな揃って大笑いした。

 その翌日……百里原に戻ることにした僕とヒロと島田くんを、平井くん達は駅まで見送りに来てくれた。


「土浦に来てくれてありがとう! またみんなに会えて本当に嬉しかったよ!」


「僕も一緒にホタル見に行きたかった〜来年は一緒に行こうね?」


「和男が寝てたからでしょ! 皆さんお元気で……絶対また来てくださいね!」


「必ず皆さんで、また食堂に食べに来てくださいね! いつでも……待っているわ」


「ハイッ」


 電車が出発してからも、平井くんとトミさん達は、いつまでもいつまでも手を振ってくれていた。


 空襲の被害は各地に広がっていて、6月17日には鹿児島、6月18日には浜松、6月19日には福岡と静岡で大空襲があり、6月22日には広島・呉軍港空襲があった。


 6月23日には沖縄戦の司令官と長参謀長が自決して組織的戦闘は終結……

 6月29日には長崎・佐世保と岡山で空襲、7月1日は熊本大空襲と広島・呉市街空襲かあり……呉出身の者の話によると、炎と煙が迫る防空壕の中で誰かが『海行かば』を歌おうと声を掛け、皆で泣きながら歌ったそうだ。

 最初は小声だったけど、これがこの世の最後の歌だからと大合唱で……苦しい最期の時を励ましてくれたのも、また『歌』だった。


 沖縄戦もだが、7月に僕達の親族が住んでいる場所が空襲の被害に遭った。

 そして8月に原子力爆弾が落ち、日本が世界唯一の戦争被爆国になるなんて……6月の僕は夢にも思っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る