第35話〈東京大空襲〉後半
僕は走りながら傘で降りかかる火の粉を遮ぎっていたが……火の勢いがすごくて走り出してすぐ燃えてしまい、道端に捨てるしかなかった。
「源次さんに貰った思い出の傘が……あ……どうしよう……ない……二人に貰った誕生日お祝い持ってきてない……すぐに持ち出せるよう防空壕の木箱に入れておいたのに、みんな燃えちゃう……取ってくる!」
「そんなのどうでもいいじゃないか!」
「どうでもよくない! なんで黙ってたの? 今日が最後かもしれないって……あれは私の宝物なの! もし……もし二人がいなくなってしまったら、あれしか形見がないの!」
「言っただろ! 君が……」
「希望なの! 二人が描いた『未来を生きる君へ』は後世に残さなきゃいけない、絶望しているみんなの希望の物語なの! 今ならまだ間に合うから取ってくる!」
その時、静子おばさんが……
「待って、母さんが行く! 母さんもお父さんの大切な位牌を置いてきてしまったの……一緒に持ってくるから、あなた達は早く逃げなさい!」
「おばさん! 戻ったら危ないです!」
「大丈夫! すぐ戻って純子の学校に必ず行くから……二人を……お願いね?」
「じゃあせめて……この布団を二重に被っとって下さい」
「僕、お母ちゃんと行く~」
「浩! お姉ちゃんと一緒に先に行きなさい!」
「お母ちゃーん! お母ちゃーん!!」
「純子ちゃん、浩くん、早く行こう!」
ヒロが浩くん、僕が純子ちゃんの手を引いて走り出そうとすると……前に憲兵が立ちはだかった。
「おいお前ら、逃げるな! 早く火を消せ~もっと水とバケツを持ってこい!」
「こんなもんで消せるわけあるかい!」
「踏みとどまって消火しろ! この非国民が!」
「あんたも逃げんと、ほんまに死ぬで?」
「俺は火を消すよう命令されたんだ……命令は絶対だ……簡単に消せるはず……」
バケツで水を掛けていたが、消えるどころか益々激しく燃え上がっていく……
ふとさっき通った場所を見ると、アパート近くに焼夷弾が落ちて鉄の扉が爆風と熱でひしゃげでいた。
「出られないー! 出してくれー!」
「今、開けます! 熱っ……」
ヒロと二人でドアを開けようとしたが、鉄製の扉の取っ手が想像以上に熱を持っており……
二人とも手に酷い火傷をしてしまったが、渾身の力を込めた。
「せ~のっ、開けーーー!!」
「駄目だ……ビクともしない……このままやと純子達が危ない! 源次、ほら行くぞ!」
「え、でも……………………すみません!!」
「待ってくれ~置いてかないでくれ~」
シャーーーシャーーー
束ねられていた焼夷弾がバラバラに広がる音がした後に……
ヒューーーードゥオーーーン
……というどこかに落ちた衝撃と熱波がやって来る。
銀色の大きな飛行機が見えて、そこから次々に焼夷弾が落ちて……まるで空からガソリンをまいて火をつけられたのと同じだ。
油脂焼夷弾、黄燐焼夷弾や高温・発火式のエレクトロン焼夷弾などおびただしい量の焼夷弾の雨が降り、逃げ惑う市民には超低空から機銃掃射が浴びせられた。
エレクトロン焼夷弾は地上に落ちてから花火の親玉のように炸裂して金属をも溶かす高温と火花を飛び散らせ……コンクリート製の不燃性の高い建物などにも突き刺って激しく燃えた。
僕達は火の雨の中を必死に逃げた。
ヒロは浩くんと僕は純子ちゃんと……一つの布団を二人で被り、お互いはぐれないように手を繋いで走った。
辺り一面火の海で地面も燃えていて……熱風だけでなく黒煙がすごい勢いであがっているので布団の端で口を覆っていないと息ができない。
焼夷弾は音と光だけは、まるで花火のようだった。
本当の花火だったら幸せな気持ちで空を見上げているはずなのに……目の前にあるのは地獄のような光景と信じられない熱さと恐怖の断末魔の叫びだった。
猛火の中で退路を断たれた人達が右往左往、逃げ惑う……
「小さな公園じゃ駄目だ! 2月の空襲で焼けた場所ならそれ以上燃えない! それか燃え移るものがない広い公園に逃げろ!」
「風下に逃げちゃ駄目だ! 関東大震災の時は風上に逃げた人が助かったんだ!」
「どっちに逃げたらいいの?」
「ヒィーアァァー」
「オカアチャーンどこ? オカアチャーン!!」
「こっちはもう駄目だー!」
「ギィャャァァーアヅイー!!!」
火と熱風により逃げ場を失った人達に次々に火が燃え移り……
あっという間に燃え広がって全身火だるまでのたうち回りながら断末魔の声を上げ、やがて動かなくなっていく……
小型の子弾が分離し大量に降り注ぐため、避難民でごった返す大通りに大量に降り注いだ焼夷弾は、子供を背負った母親や上空を見上げた人間の頭部・首筋・背中に突き刺さって即死……
そのまま爆発的に燃え上がり、周囲の人々を巻き添えにするという地獄のような光景がそこらじゅうに広がっていた。
走り出して大分経った先に辿り着いた場所は火の勢いが弱くて安心したが……逃げる途中の道端の防空壕を覆っているトタンが青白い炎を立てて燃えていた。
中にいる者は多分……
「こっちよ……講堂までもうすぐ……」
希望が見えてきたその時、ヒロ達が通ろうとした側で燃えていた電柱が倒れてきた。
「ヒロ! 浩くん! 危ない!!」
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