第30話〈再会の約束〉
1944年11月24日……陥落したマリアナ諸島の基地からB-29爆撃機による東京への本格的な空襲が始まった。
111機のB-29により北多摩郡武蔵野町の飛行機製作所や江戸川区、杉並区などが爆撃されて224人が亡くなった。
純子ちゃんがマフラーを染めるために摘んでくれた紫草が生えていた武蔵野の地が焼け野原になったのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
以後も航空機工場などを第一目標とする精密爆撃が行われたが、その爆撃ができない時には東京の市街地を無差別に爆撃……
東京は11月24日を境に、122回もの空襲を受ける日々が始まってしまった。
海軍や陸軍の軍部は、レイテの特攻で9機が命中し空母1隻を撃沈、4隻に大きな損害を与えた事に高揚し、戦局打開の切り札として次々に特攻隊を編成して出撃させていた。
米軍はレーダーを駆使して防空体制を築き、突入前に撃墜される機が続出していたのにも関わらず……特攻の規模を次第に拡大していった。
特攻隊員のほとんどが20歳前後の若者で、空襲に来たB-29への体当たり攻撃も行われたが……訓練途中の者に声がかかる事はなかった。
戦果は国内で大々的に報じられ、連日のように特攻隊員の顔写真を新聞に載せて華々しくたたえ、国民の戦意を高揚させた。
12月25日……僕達は実戦機訓練を全て終え、大日本帝国海軍から海軍少尉を拝命した。
正月休みの帰省が許され、少尉に昇格した記念に二人で正装で撮った写真をお土産に、僕達は久し振りに家に帰った。
本当は播磨屋の方にすぐ行きたかったが……正月明けに行く事にした。
「母さん、ただいま!」
「おかえり、源次……ずいぶん立派になって……」
久し振りに会った母は痩せていて……海軍から貰った支給品を見せると嬉しそうに微笑んでいた。
そして、ずっと連絡がなくて心配していた父から手紙が来た事を教えてくれた。
どうやら12月から戦艦大和に乗艦する事になったから年末に帰れないが、「大和ホテル」と揶揄されるほど居住性はすこぶる良好なので心配するな……とのことだった。
久し振りの母さんのご飯は涙が出る程美味しくて、お風呂はまるで天国で、久し振りの実家の布団は太陽の匂いがした。
僕が全ての久し振りに喜ぶと、母さんは「大げさだねぇ」と笑ったが……
訓練が終わり今後はいつ特攻隊に編成されるか分からないため、これが最後になるのではないかという絶望に似た不安が込み上げてきて、布団の中でこっそり泣いた。
年が明けた1945年1月初旬……僕は久し振りの播磨屋にドキドキしながら向かった。
「皆さん、お久し振りです!」
「源次さん! ずっと会いたかった!」
純子ちゃんは僕に抱きつく勢いで駆け寄ってきたが、思いとどまって僕の服を掴みながらポロポロ泣いていて……思わず抱き締めて貰い泣きしそうになった。
「お~源次来たか~明けましておめでとさん」
「久し振り~源兄ちゃん!」
年末年始なので浩くんも帰っていて……静子おばさんも「みんな揃ってよかった」と嬉しそうに迎えてくれて、食料事情が厳しい状況ながらも1階の居間で色々とご馳走してくれた。
ヒロと僕が訓練中にあった色々な出来事を話すと、みんな目を輝かせながら聞き入ってくれて時には大笑いしてくれた。
僕は久し振りに純子ちゃんの笑顔が見られて天にも昇る気持ちだった。
「そういえば浩くん、疎開先はどうだった?」
「先生が優しくて色んな歌教えてくれて、みんなで歌って楽しかったよ~源兄ちゃんは先生の知り合いなの?」
「そうだよ。正確にはうちの母さんの親友の息子さんで……元々御茶ノ水らへんに住んでたんだけど、関東大震災の時に避難してきたのを母さんが助けて一時期一緒に住んでたんだ」
「へ~そうなんだ~」
「今はうちの近くの地域に住んでるんだけど、助けてもらったお礼とかで元々いた土地に建てたアパートにタダで下宿させてもらえて色々助かったよ」
「成る程~長年の謎が解けたわ、だから無償やったんか」
「そうだ浩くん! ハイこれ、遅くなったけど誕生日のお祝い……父さんから戦艦大和に乗るって手紙が来て写真が入ってたから絵を書いたんだ」
「大和の絵? わ~すごいや、ありがとう!」
浩くんは絵を両手で持ちながら飛び上がって喜んだ。
「それと純子ちゃんにもコレ……少し早いけど誕生日おめでとう! 紫のスカーフ本当にありがとね、作ってくれて本当に嬉しかった……この絵は一緒に撮った写真を見て描いたんだ」
僕はドキドキしながら純子ちゃんに似顔絵を渡した。
「ありがとう源次さん! わ~素敵……でも私、こんなにキレイじゃない」
「いや純子ちゃんはキレイだよ……毎日写真を見て本当にキ……って何言ってんだ僕っ」
思わず口に出てしまった言葉に、二人で赤面した。
「ハイハイお二人さん仲のよろしいこっちゃ~こっちまで恥ずかしなるわ……源次に先越されてもうたけど俺は帰る前に渡すな」
「そ、そういえば最近東京にも空襲が来るようになったけど、ここら辺は大丈夫だった? 空襲警報が鳴ったら危ないからすぐに逃げるんだよ?」
「大丈夫、大丈夫! この下に立派な防空壕を掘ったから! そうだそうだ、久し振りに源次さんのお部屋大掃除しなきゃじゃない? この後すぐ行きましょ」
防空壕の場所に不安を覚えつつも話題が変わり、押し切られる形で久し振りに帰ったアパートは蜘蛛の巣だらけのひどい状態だったが……いつかの大掃除の時みたいに純子ちゃんがあっという間にキレイにしてくれた。
一緒に神田明神に初詣に行ったり、お正月らしい遊びをして楽しく過ごしているうちに、あっという間に百里原に戻らなければいけない日になった。
「そ、そういえば純子ちゃんて今年女学校卒業だよね?」
「そうなの……3月10日が卒業式だからまた会えたらいいんだけど……」
「会いたい! 何とか都合つけて絶対会いにくるよ」
「おうよ、純子の袴姿見るまでは死んでも死にきれんからな~」
「変な冗談やめてちょうだい! 絶対……絶対また会いにきてね? 約束よ?」
「うん、約束!」
「ほいじゃあ、まあ元気でな! ハイこれ、誕生日祝いのカンザシや……卒業式の袴に似合う思て、それと……」
「それと?」
「何でもない」
「変な光ちゃん~」
「それじゃ行ってきます」
「ほな行ってくるわ」
「行ってらっしゃい……必ず帰ってきてね」
僕達は卒業式に会う約束をした後、見送りに来てくれた純子ちゃん達に敬礼をして別れた。
まさかその日が東京にとって地獄のような日になるなんて……思いもよらなかったんだ。
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