第12話〈初めての誕生日プレゼント〉

 1月7日の純子ちゃんの誕生日当日……

 僕達は播磨屋の2階に集合して四人でお祝いをした。


「純子」「純子ちゃん」「姉ちゃん」


「お誕生日おめでとう~!」


「ありがとう~」


 ヒロからの誕生日プレゼントである箱根駅伝の記事が載った新聞と、浩くんからの手作りの首飾りを受け取って嬉しそうに微笑む純子ちゃんに、僕は自分のプレゼントを渡すのが恥ずかしかった。


 ご時世的に探すのには苦労したが、ヒロのような努力のプレゼントではなくて買った物だし、半年かけたヒロと比べたらとモジモジしていたら……


 ヒロが気を使って「浩! 下に残ってた料理受け取りに行くぞ~」と二人きりにしてくれた。


「コレ、お誕生日祝い……大したものじゃないんだけど……」


「わ~ありがとう! 素敵なスミレ柄の傘……」


「す、スミレの花言葉は『小さな幸せ』らしくて……ヒロみたいに大きな幸せじゃないから余り嬉しくないかもだけど……」


「そんなことないわ! 私、スミレ好きだから嬉しい! 早く雨が降らないかしら~早く傘が使いたいな……今まで雨が嫌いだったけれど雨が好きになれそう!」


 その言葉が嬉し過ぎて、心の声が思わず口から出てしまった。


「傘になれたらいいな……そしたら純子ちゃんを冷たい雨から守ってあげられるのに……」


「え? 今、なんて?」


「な、何でもないよ」


 僕は耳まで真っ赤になってしまったが、聞こえていないようで安心した。


 傘をクルクル回して部屋の中で嬉しそうにはしゃぐ純子ちゃんは本当に可愛らしくて……

 いつもは実年齢より上に見えるのに、今日だけ幼く見えた。


「源次さん、本当にありがとう! コレどうやって閉じるのかしら?……あれ?…………痛っ」


 傘を閉じようとして指を挟んでしまったようで、僕は慌てて純子ちゃんの手のケガを確認した。


「だ、大丈夫? 血、出てない?」


「だ、大丈夫、です……」


 手を握った状態での至近距離が余程恥ずかしかったのか……手を離してからも純子ちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていた。


「……ご、ごめんね」


「私の方こそ、傘の畳み方も下手なんてお恥ずかしい……」


 お互いペコペコお辞儀をしていたら、ヒロ達が入ってきて僕に思わぬ事を言ってきた。


「源次~静子おばさんも言うてたんやけど……今日、俺の部屋に泊まっていかへん?」


 初めて泊まるヒロの部屋は、純子ちゃんと浩くん達の隣の部屋でドキドキしたが……

 二人が寝静まった頃、僕達は男同士の秘密の話をした。


「お前さ……純子のこと好きやろ?」


「は、はあ? 何言ってんだよ、お、お前こそどうなんだよ! 箱根駅伝で純子ちゃんと抱き合っててアベックみたいだったぞ!」


「あれは従兄妹だからやろ? ただの家族の抱擁で……って気にするってことはやっぱりお前、純子のこと好きやろ?」


「ち、違うよ! 僕はただ……純子ちゃんに幸せになって欲しくて……い、妹に似てるんだ……歌が上手い所も、名前も……」


 僕は自分に嘘をついた後ろめたさから、今まで思っていた本当の事を言った。

 

「妹?」


「僕には2つ下の妹がいたんだ……純子ちゃんと同じ純て漢字が入った純奈すみなっていう名前の妹で……小さい頃から歌が大好きで、透き通るキレイな歌声で……近所でも将来は歌手になるんじゃないかと評判だったよ」


「そりゃ初耳じゃのう! お近付きになりたいから今度紹介してく……」


「死んだんだ……1931年の9月21日にあった西埼玉地震で」


「それは…………ふざけてすまん」


「直下型の地震でさ……川に沿った比較的地盤が軟らかい場所が液状化したり、場所によっては関東大震災の時より被害が酷くて多くの建物が潰れたんだ」


「俺はその頃大阪やったけど、そんなに大変やったとは……」


「住んでた家はなんとか大丈夫だったんだけどね……その年は純奈が丁度数え年で7つになる年で、9月21日は七五三の着物を仕立てに行く日だったんだ……たまたま行ってた場所が被害が酷い地域で、それで……」


「それ以上言わんでええよ」


「妹がいなくなってから母さんは変わってしまった……僕も悔しかった……出かける前に『七つの子』を歌いながら、七五三のお祝いが源にいちゃんの誕生日で嬉しいって言ってたんだけどな……」


「七五三か……そういや11月15日やな」


「小さい時からおとぎ話が大好きでさ……誕生日に貰った世界童話集を持ってきて、よく読んで読んでとせがまれたよ……特に『幸福な王子』が大好きだった」


「どんな話やったっけ?」


「王子の像が、身に付けていた宝石や黄金を貧しい人たちに配って欲しいとツバメに託すお話……剣のルビーは病気の子どもに、両目のサファイアは貧しい若い劇作家とマッチ売りの少女にって……」


「ああ、あの金箔も配ってボロボロになってツバメも死んで王子も捨てられる話やな? どこが幸福な王子やねんってツッコんだわ」


「だよね、でも純奈が言ってた……温かい南の国に行くこともできたのに、自分を命を犠牲にしてでも自分の願いを叶えてくれて、最後の最後まで自分のそばにいてくれたツバメに出会えて王子は幸せだったんじゃないかって……だから幸福な王子って題名なんじゃないかって」


「すごい子やな、おかげで思い出したわ……ツバメが死んで王子の鉛の心臓が割れて捨てられてしもうたけど、溶鉱炉でも鉛の心臓だけは溶けへんかった……」


「そう……この世で最も尊いものを持ってくるよう命じられた天使は、ゴミ溜めに捨てられた王子の鉛の心臓とツバメの骸を天国に連れていき、神は天使を褒めて王子とツバメは天国で永遠に幸せに暮らしましたって話だったよね」


「王子とツバメは幸せやったんやな……そんな小さいのによう気付いたなぁ」


「本当に優しい子でね……七夕の笹に『背が高くなりますように』と書いた短冊を飾りつけている僕の横で、『世界中のみんなが幸せになりますように』と立派な願い事を書いて微笑んでいたよ」


「そりゃえらいのう……あれ? お前の願い、半年前の浩と同じやん」


「そうなんだよ。だから七夕の時、短冊を見て妹のこと思い出して……歌も上手いし名前の漢字も同じだし純子ちゃんは妹に似てるなって」


「そうか、妹か……」


「あ、でも虫が苦手な所は似てないかな……純奈は虫が好きで味噌汁に飛び込んできた羽虫が死んだ時も『飛んで来ちゃだめって言ったのに死んじゃった』と泣いてたような子だったから」


「そりゃえらい優しい子やな……普通はせっかくの味噌汁が飲めなくなった~言うて怒るとこやで」


「スミレの花も好きだった……大きくなったら純子ちゃんが着てたみたいなスミレの浴衣を着てたんだろうな……」


 僕は話しながら、いつの間にか泣いていた。


「僕ね……本当は純奈みたいな子に希望が届くような物語を書きたくて文学部に入ったんだ……純奈の誕生日に手作りの絵本を渡そうと思って準備してたんだけど結局渡せなかったから」


「そうか……なんか俺ら同じやな……実は俺も坂本龍馬みたいな漫画を書こうとしたのは純子のためやったんや」


「……知ってる」


「でもそれだけじゃない……本当は戦争に邁進している今の日本を変えたかったんだ……戦のない世の中を作ろうとした坂本龍馬みたいに」


「やっぱりお前はすごいな……純子ちゃんにとってお前はきっと王子様のような存在だよ……ヒロが駅伝で先頭を走ってる時、渡り鳥の先陣を切るリーダーみたいでかっこよかった」


「買いかぶり過ぎや」


「みんなに幸せを運ぶ『幸福な王子』のツバメにも見えたよ……いややっぱり王子様かな」


「いや王子様はお前だよ……だって」


「僕はヒロの冗談で笑ってる純子ちゃんが好きなんだ……三人で笑ってる時間が一番大好きなんだ」


「ほんまはな、源次と二人で描いた漫画を今年の純子の誕生日にプレゼントする予定やったんや……俺の思い過ごしで作戦変更してしもうたけどって何でもないわ……来年の純子の誕生日プレゼントは、二人で描いた漫画にしような」


「賛成……僕の昔の願いも叶うし、一石……二鳥……だよ……」


「俺な、走ってみて分かったんや……駅伝は自分一人だけで走るんやない……人と人が繋がって、未来に希望を託していく競技なんやって……」


 ヒロが何か言っていたが、僕は例の如く先に寝落ちしてしまった。


 それから1ヶ月後の1943年2月7日……

 ガダルカナル島にアメリカ軍が上陸した1942年8月7日から6ヶ月間、厳しい戦いを強いられていた日本軍が撤退した。

 大本営発表で「転進」という言葉にすり替えられていたが、本当は地獄のような酷い惨状だったんだ……

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