第6話〈幸せなお花見〉

 僕達は神田明神で待ち合わせをして、初めて一緒にお花見をした。


「桜キレイね〜まだ咲いていて本当によかった」


「神田明神も、こんなに桜が咲くんやね」


「春に来たのは初めてだ〜」


「あれ? 行ったことないっていうのは花見の時期にって意味だったの?」


「神田明神は初詣とお祭りで行くからのう。桜の時期に来たのは初めてじゃ」


「お祭り?」


「なんじゃ神田明神の神田祭を知らんのか? 日本三大祭りで京都の祇園祭、大阪の天神祭と並び評される神田祭やで?」


「神田祭は江戸の三大祭の一つでもあって……富岡八幡宮の深川祭、日枝神社の山王祭と並んだ江戸時代から伝わる行事なのよ」


「へえ〜すごいね! 僕あまりお祭りって行ったことなくて……」


「確か今年はやるみたいだから、よかったら一緒に行きましょう!」


「はい! 是非!」


 入口の方で思わぬ会話が弾み、新たな約束もできて舞い上がっていたが……

 僕達はまず、お花見をする前にお参りをした。


「どうか、お父ちゃんが戦争から無事に帰ってきますように……」


「姉ちゃん、そんなのお願いしなくても絶対大丈夫だよ! 日本は強いんだい!」


 その後ゆっくり境内を回ったが、神田明神の桜は1本1本が立派で歴史を感じさせるというか厳かに咲き誇る本当に綺麗な桜だった。


「ウサギの絵馬がある……」


「ああ、神田明神のご祭神の一人は確かウサギに縁のある『だいこく様』やからな〜因幡いなばの白ウサギ神話で『だいこく様』はウサギの願いを聞き届けてくれたから……らしいで」


「だいこく様は縁結びの神様なのよね。あとはえびす様……は商売繁盛の神様だし、あとは平将門命たいらのまさかどのみこと様! 除災厄除の神様なの」


「お前、知らなかったのか? ウサギは神田明神の守り神なんだぜ」


「そうなんだ……知らなかったよ」


「あ〜腹へったわ~純子、そろそろ昼飯にせえへん?」


「そうね、どこで食べようかしらね?」


 何となく神社の敷地内で昼食を食べるのは失礼な気がした。


「だったら近くの宮本公園で食べる? 下見しに来た時に見つけたんだけど……」


「宮本公園!?」


 僕達は神田明神の裏の歩いて1分位の場所にある宮本公園に移動し、ゴザを敷いて静子おばさんと純子ちゃんが作ってくれたお弁当を食べた。


「ここの桜もキレイね〜」


「美味しい……美味しいよ……涙が出る程……」


「高田さんてば大げさなんだから〜でも嬉しいわ」


 と言いながら篠田の方をチラチラ見る純子ちゃん……

 本当は篠田に美味しいと言ってもらいたいのだろう。


「そう言えば純子ちゃんの女学校ってどこなの?」


「え〜っと秘密! ヒントは高田さんの反対かな」


「僕の反対?」


「ねえ、みんなで桜の歌を歌わない? お琴の練習曲の『さくら』とか」


「お〜ええぞ〜じゃあ景気づけに純子からどうぞ!」


「え〜1番は恥ずかしいけど言い出しっペだから歌います! さくら〜さくら〜、やよいのそらは〜……」


 純子ちゃんは1番手で楽しそうに『さくら』を歌ってくれた。

 その歌声は、まるで天使や天女様の歌声のようで……


「純子ちゃんは鈴を転がしたようなキレイな声だなあ」


「それを言うなら鈴を壊したような声やろ」


「ひっど〜い! もう光ちゃんたら」


「次は源次の番や」


 僕は焦った……僕は歌が絶望的に下手なのだ。

 純子ちゃんの前で大恥を書くのは絶対に嫌なので、なんとか誤魔化すために話題を変えた。


「浩くんは僕の歌を聞くより遊びたいんじゃないかな?」


「うん、僕こいつの歌聞くより遊びたい! ケンケンパ対決しよう! 僕生まれつき目が悪い分、身体を鍛えなきゃと思ってたまにやるけど結構得意なんだ」


「だからメガネなのか〜僕も小さい時は肺のふが悪かったり熱を出していたけど、今は元気だから将来は大丈夫じゃないかな」


 浩くんは何処からか棒を拾ってくると、徐ろに地面にマルを書き始めた。

 対戦用に2列のケンケンパの○を書いているが……


「あの浩くん? 僕の方だけ○が遠すぎない?」


「いくよ〜」「ちょっと待って〜」


 案の上、僕はドシンと尻もちをついた。


「や〜い下手くそ! ひろ兄ちゃんだったら楽勝なのに、お前弱っちいな〜」

 

 言葉の通り、次に挑戦した篠田は……同じ○の上を軽々と飛び移っていった。


「篠田お前……運動神経いいな」


「篠田やのうてヒロやろ? 俺、走るのも好きなんやけど……高知の神田に住んどった時は龍馬さんの実家がある所まで2km位やから走って10分もかからんで行っとったわ」


「いや、どんだけ早いんだよ」


「あ〜あ、光ちゃんは龍馬さんと家が近くていいな〜私、歴史上の人物の中で坂本龍馬さんが一番好きなの」


 それを聞いた時、篠田がなぜ龍馬のような主人公のマンガを描いて本を出すのが夢と言ったのか……

 普段なにかと悪態をついて痴話喧嘩ばかりしているが、篠田の純子ちゃんへの本当の想いが分かった気がした。


 しかも篠田は、なんとなく坂本龍馬に似ている……

 だから僕は静かに自分の想いに蓋をした。


 その後「私もやってみる」と純子ちゃんが挑戦したが……

 飛び跳ねる度に長いお下げ髪がウサギの耳みたいにピョンピョン跳ねて……白くて可愛いウサギみたいだなと思った。


「ねえねえ僕、小学生になったお祝いもあるから今度の誕生日に戦艦長門のブリキのオモチャがもらえるんだ〜ロウソクの火を入れると音立てて水の上を進むポンポン船!」


「へ〜いいね。楽しみだね」


 1942年4月18日……

 日本で初めての空襲(ドーリットル空襲)の日である4月18日の数週間前に、僕らはお花見をした。


 みんなで「来年も一緒に桜を見ようね」と約束をした、本当に本当に幸せな日だった。

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