第8話 仕事の話。
水彩画で描いたような青空の広がるあくる日、今度は店に数馬がやってきた。
「おっはー! 数馬くんですよ~!」
朝からテンションの高い童顔芸能人に、優はうんざりした。
花蓮といい数馬といい、なぜそんなに無駄に元気なのか。
「なんなんですか……こっちは低血圧で朝は弱いんですよ」
重い身体を無理やり動かして店先の掃き掃除やガラス拭きを終えたばかりだ。
「めんごめんご~。開店直後だからか、まだお客様は来ていないね。ちょっと話でもしようよ。どう? なんか最近変わったこととかあった?」
数馬はスポンサーなので売り上げの状況などを尋ねてくることはままある。
そしてついでとばかりにこうしてプライベートの質問も混ぜてくることも珍しいことではない。
とはいえ、優は自分のことを話すのは少々苦手だ。
よって、口にするのは仕事の話になる。
「新たに婚約指輪を頼まれましたよ。金に糸目は付けないとか。大口の客と言っていいんじゃないですかね」
数馬は目を丸くし、手を叩いて感心したように「お~!」と嘆息する。
そして心にあったつっかえが取れたとばかりに晴れやかに笑った。
「上流階級の人なのかな。だとすれば結婚式の招待客もお金持ちだ。その人たちの間で婚約指輪のデザインが評判になれば、一躍時の人に慣れるよ。気合入れて作りな!」
拳を突き上げテンションを爆上げする数馬に、優は自信たっぷりに
「もちろんです」
と返す。数馬はさらに
「緊張しすぎず、いつも通りのジュエリーが作れれば大丈夫だよ。優の指には魅了の魔法がかかってるからね!」
とウィンクした。
数馬からのその信頼に、優はもともとあったやる気がさらにアップした。
だが、数馬は一転渋い表情になる。そして懸念を口にした。
「その大口のお客様がモーションかけてこないといいね。花嫁が優に惚れることも二度や三度じゃなかったでしょ? 上流階級の間で不穏当な噂が立ったら目も当てられないよ」
その可能性は考えていなかった。
優は苦笑する。
「花蓮は私のことを『珍しい男』だと面白がってはいますが、恋愛対象にはしないと思いますよ」
優は自覚がないが、花蓮を脳裏に思い描く瞬間はかすかに唇が笑んでいる。
普段は表情が乏しいのに。
それはとりもなおさず花蓮が特別な存在であることを意味していた。
「あれ? お客様なのになんか親し気? やだ、優ってば略奪愛?」
数馬は眉間にしわを寄せ、目を見開いて、握った両の拳を顎にあてている。
衝撃を受けたような表情だが。
「あなた、面白がってるでしょう」
優は数馬に冷ややかなまなざしを送る。
「あ、バレた?」
数馬が一転悪戯っぽい笑みでぺろっと舌を出す。
「まったく」
あきれた、とばかりに優は息を吐く。
「あはは! 優がお客様に惚れたりなんてするわけないよね! でも、本当に大丈夫なの? 家に押しかけられたりしてない?」
数馬は面白がる中でも、ほんの少しは心配しているのかそんなことを尋ねる。
優はというと、腕組し苦々しい声で。
「家には……来ましたね……」
と正直に答えてしまう。
「え……マジで大丈夫?」
今度は本当に衝撃を受けたようで数馬が真顔になる。
「ちょっと徹夜で弱ってた時にうどんを作ってくれただけですよ」
優の発言に、数馬は背景にベタフラッシュを飛ばした。
「押しかけ女房じゃーん! 優ってば危機感足りないよ!」
数馬は優の両肩を握ってがくがくと身体をゆすってくる。
「ちょっと、やめてください。大丈夫ですって」
迷惑そうに肩をつかんでくる数馬の手を叩き落とす。
「優の大丈夫は信用できない」
「ずいぶんな評価ですね」
優は変化の少ない冷たい美貌はそのままに、声に不機嫌をのせる。
「優の人間性は認めてるけど、その容姿はトラブルを引き寄せるからね」
優は言葉に詰まった。
確かに今までストーカーが発生したりした件は多かったからだ。
優は少し花蓮を疑ったが……すぐに『大丈夫だな』と結論を出した。
花蓮はモテるし、婚約者が弘な時点でイケメンに免疫があるだろう。
「心配してくれるのはありがたいですが、花蓮の婚約者もなかなかの美男ですよ。私とはタイプが違いますけどね」
「ふーん」
まだ何か言いたげな数馬だったが、ちりんちりんとドアベルが鳴り客が来店した。
「いらっしゃいませ」
対お客様の愛想の良い笑顔を張り付けた優に、「また来るよ」と数馬はてのひらをひらひらさせて出ていった。
客がその姿を目で追いかけて「きゃー!」と控えめに黄色い悲鳴を上げるのを見て、優は「芸能人が来る店とかいってひやかしが増えたらどうしよう」と内心冷や汗ものなのであった。
正直優は、花蓮より数馬の存在の方がトラブルのもとになりそうだと思っている。
スポンサー様には言い出せないが。
まあ、無事婚約指輪が完成して花蓮たちが結婚したら、数馬にも杞憂だったことがわかるだろう。
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