第4話 欲しいのは『本物』だけ。
店の営業時間が終わり、優は二階部分にある自分の家に帰宅する。
夕食を取った後、花蓮と弘の婚約指輪について考えた。
デザインするにしても、客の持つイメージを正確につかみ合致させなくてはいけない。
「迷惑な奴らっていう印象しか残ってないな。困った」
優のジュエリーは高価だが、しょぼい仕事でぼったくりをするつもりはない。
料金分の仕事はするつもりだ。
素晴らしいデザインを考えなくてはならない。
絵画風にするか。
植物の繊細な美を描くか。
動物の躍動感を出すか。
考えるが時間が経つだけ。
「気分転換するか」
優はうーんと伸びをした後テレビをつけた。番組ではなくCMが映る。
『爽やかなレモンの香り、シュワビター!』
レモン風味の炭酸水の宣伝をしているのは、千年に一人の美少女と今評判の女優虹川七奈美だった。
肩までのまっすぐな黒髪に大きなとび色の瞳、まつ毛が長いのが良くわかる。
笑みを浮かべた唇は赤く、可愛らしいのに色気があった。
確か年齢は二十歳だったか。
「そういえばこの娘、万博のイメージキャラクターに抜擢されたんだったな」
2025年、今から四年後の万博。
そのときには今の彼女ではない。
そのことを鑑みた上で、日本の技術力を世界に見せつけるべく二十歳の彼女を完全に模したアンドロイドを作るつもりらしい。
二十四歳の『本物』と二十歳の『偽物』の共演。
優は悪趣味だと思ったが、世間の評価は「面白そう」といったものだった。
「アンドロイドか……」
花蓮が知っていたかはわからないが、優は大学時代女子の間では氷の貴公子と呼ばれていたが、男子にはアンドロイドと呼ばれていた。
人間味がないからと。
「アンドロイドは冷たいんだろうか」
優にとって重要なのは冷たいか否かだ。
本物の宝石は冷たい。
だから本物という意味で優のジュエリーショップの名前はCOOLなのだ。
瞬間。
『あなたの『本物は冷たい』という言葉は真実かもしれない。けれど、あたしはそれが真実だとしても偽物のあたたかさを愛すわ。そしてあたしはあなたに偽物の心地よさを教えるから。待ってて』
脳裏によみがえったのは、大学一年の秋に優が自主退学の届け出をした直後に話しかけて来た花蓮の姿だった。
普段のふざけた調子は消え去って、泣きたいのに無理して笑っているのが丸わかりの表情をしていた。
「約束って、これか?」
たぶんそうだろう。何故今思い出したのか。
別に思い出さなくてもよかったのに。
当時だって、涙をいっぱい溜めた花蓮の瞳から視線をそらし、返事すらしないまま立ち去ったのだから。
「くだらない」
自分は偽物なんか欲しくない。欲しいのは本物だけ。
だって、偽物は儚い。
両親は偽物の両親だった。
だから家庭は儚く散ったのだ。
「くだらない」
もう一度呟いて、優は花蓮と弘の婚約指輪のデザインを考える仕事に戻った。
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