エピローグ 聖少女の涙

 部室に来た護国寺先生は村雨さんの死に装束を見て騒然となった。


「やめるんだ。小山先生のことは気にするな。おれの人を見る目がなかったんだ。彼女も特別な事情があるのかもしれない」


「まだあの女をかばうのですか」

 村雨さんは真っ赤な瞳で彼を見あげた。


「うっしー。なんでこんなことになったと思う? うっしーが男らしくないからだよ! ひとりの女の子にこんなに想われているのに受けとめることもできないなんて」


 姫川さんは腕を組んで護国寺先生をにらんだ。


「そのことは話したはずだ。教師が在学中の生徒と付き合ったら懲戒免職もありうる」


「じゃあ卒業してから付き合えばいいじゃない」


「そういう問題じゃない」


「イヌ。護国寺先生はお母さんとS○Xすれば良いと思います」


 姫川さんはキレ気味に一線を越える暴言を放った。

 護国寺先生は硬直したがやがて口を開いた。


「おれは侮辱されてまで皆さんの顧問をやりたいとは思いません」


 その言葉に姫川さんも衝撃を受けて身震いした。


「おまえたちが天文部の部室でゲームをしていることははじめから気づいていた。だがもうかばいきれない」


 護国寺先生は気づいてたんだ。鈍いふりをしてわたしたちを守ってくれていたんだ。


 いつも明るい部室がシベリアの寒気に晒されたよう。

 彼が席を立とうとした。


「待って! 格闘ゲームであたしに勝ったら顧問を辞めていいよ」


 姫川さんのむちゃぶりを護国寺先生が受け入れるとは思わなかったが、彼の答えは意外にも「いいだろう」だった。


 姫川さんが立ち上げたノートPCにインストールされている『メディウム・オブ・ダークネス』を立ち上げる。コントローラーはわたしたちが部室で使っているものを使用した。


 対戦がはじまった。


 姫川さんが1P側でアストリアを選ぶと先生は2P側でアストリアを選ぶ。


「同じキャラクターを使ってやる」先生は確信的な口調で告げる。


 あっという間だった。タイムが半分切るまでに1Pアストリアのライフは削られ先生の圧勝。姫川さんの戦術はまったく通用しなかった。もしかしてGEBOで優勝した韓国出身のプロゲーマーより強いんじゃない?


「終わりだ」二戦目を勝利した先生はコントローラーを置いた。


「先生は何者なの? ゲームしろうとじゃないの?」


 姫川さんの自信は割れた鏡のよう打ち砕かれた。


「おれは学生時代ゲームセンターに通って格闘ゲームをやっていた。高田馬場のゲームセンターでは一○八連勝したこともある」


「そのゲームセンターってすめらぎ?」


「そうだ」


「皇で一○八連勝した伝説のゲーマー。フリーペーターはあなたさまですか」


 姫川さんの無敗記録に傷をつけた韓国人プロゲーマーが、唯一敗北した日本人ゲーマーの名前がたしか「フリーペーター」だった。


「そんな名前で呼ばれたこともあったな」


「あたしたちの師匠になってください!」姫川さんが懇願した。


「もう終わったことだ」


 先生は席を立ち出口へ向かう。こんなことでわたしたちの物語は終わってしまうの?


 姫川さんはあるもの・・・・を取りだして天井を見あげた。そして先生を振りかえる。


「護国寺先生。最後にもう一度だけ振り向いてください。あたしは間違いを犯しました。たった一度の間違いであたしたちを見捨てるの? 先生もほかの大人たちと同じなの?」


 その言葉に護国寺先生は振りかえった。


 聖少女暴君その人である姫川さんが泣いている。眉は目元で崩れ、瞳は涙の膜で輪郭をなくし、ほほは紅潮して、鼻先が赤くなり、くちびるはわなわなと震えている。親に見捨てられた幼子を連想させる。


 わたしですらきゅんきゅんしちゃう泣き顔だった。

Пожалуйстаパジャールスタ, простиプラスティ меняメニャ」(※ロシア語でわたしを許してください)


 彼女の声は震えていた。これから訪れる未来におびえるように。わたしたち全員泣いていた。あるものを使って。


「激情で信頼や絆を壊すのは大人がすべきことではない。過ちを犯すところだった。この学校に転任するとき自分に誓ったことがある。絶対に生徒を見捨てないと」


 先生は後ろ手で扉を閉じた。


「じゃあ……!」


「姫川が目薬を使って泣きまねしたような気もするがそんなことはどうでもいい」


 バレてるし‼


「どうですか、うっしー。あたしの演技は?」姫川さんは泣き顔のまま笑った。


「アカデミー主演女優賞ものだよ」


「あたしはヴェネツィア国際映画祭女優賞のほうが取りたいですね」


「少しは反省しろ。このお調子者が」


 よかった。ふたりのやりとりはいつもの調子だった。凍りついていた空気も笑いという暖気に変わった。


「えへへ。途中から本気で泣いちゃった」

 姫川さんはまだ目元を拭っている。


「わたしも」

「わたくしもです」

「わたしもよ」


 天文部女子はみんな泣いていた。


「先生は泣かないの?」

「おれは男だ」


「昭和!」女子全員が異口同音。


「これでも平成生まれだ。村雨さん、きみが卒業するまでに答えをだすから危険な行動はやめるように」


 先生は村雨さんの瞳を見た。


「どのような答えでも想いに向き合ってくださるなら嬉しいです」

 村雨さんの顔にはじめて笑みが見えた。


「雨降って切れ痔治るね」姫川さんはもういつもの彼女に戻っていた。


「そんなことわざはない!」折笠さんが間髪入れず指摘する。


 雨降って地固まる。波乱の一年生編はこうして大団円を迎えた。


「うっしー。ちょっと耳貸して」


 姫川さんのウィスパーヴォイスにかがみこんだ護国寺先生。


(ちゅっ)


 姫川さんは彼のほほにキスした。聖少女暴君のキスだった。


「わたくしもキスしたいです!」


「わたしも!」


「わーっ! やめろー! 生徒とキスなんて未成年淫行で捕まるー!」


 先生は天文部のほかにeスポーツ部のコーチとしてもわたしたちを指導してくれることになった。


 目指すは来年のGEBOゲボ優勝!


 二年生編は文化祭で登場した黒咲ノアちゃんが入部したり、護国寺先生がマッチングアプリに手をだしたり、エピソードてんこ盛りです! よろしくお願いします!


 作品にお星様でレビューしてくださると、執筆活動のはげみになります。よろしくお願いします!

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