3 恋の大嵐

 クリスマスのあと、そのまま冬休みに入ってしまった。


 わたしたちは村雨さんの実家の譲羽ゆずりは神社に初詣した。譲羽神社は都内の一角におわします。こぢんまりとしているが雰囲気が良い神社さまである。みんな私服だが、折笠さんだけは振り袖を身にまとっている。


「天音さんからの年賀状に『おもちの食べすぎに注意してね!』って書いてありましたけど、これはどういうことですか? わたしが太っているって言いたいんですか?」


 わたしこと鳴海千尋は姫川さんに立腹気味につめよった。


「深い意味なんてないよ!」彼女は見るからにうろたえた。


「わたし宛ての年賀状には『チベットで悟りを開いてみたいな』って書いてあったわよ。あんたね、ふざけてばっかりいると友だちなくすんだからね」


 折笠さんが胸元で腕を組む。


「ふざけてないよ、本当にチベットで悟りを開きたいって思っているよ。悟ったら資格の欄に書けるかなあ」


「またばかなことをいって」


「わたくしへの年賀状には『愛はかげろう』と書いてありました。お姉さまの愛のムチは痛すぎます。あんなに尽くしてきたのにこの仕打ちはあんまりです」


 村雨さんもおかんむりである。


「深い意味なんてないってば。みんなユーモアセンスないなあ」

 姫川さんは困り果てている。


「ユーモアなんて求めてないけどね」


「みんなお年玉もらった? あたしは親戚が少ないからあんましもらえない」

 姫川さんが新しい話題をふる。


「わたしは二○○○円です」

 わたしこと鳴海千尋は家が裕福ではないのでそれくらいだった。


「わたくしは一万円でした」村雨さんはわたしの五倍……


「わたしはパパとママから一○○万円ずつ貰ったわ。贈与税のために税務署に行かなきゃいけないの。毎年これだもの。面倒だわ」


 折笠さんはわたしの一〇○○倍! ぶくぶく……


「格差!」わたしはショットガンで撃たれたゾンビのように気絶した。


「もう詩乃ったら、すぐにマウントをとるんだから」

 姫川さんが苦々しげに折笠さんを見やる。


「そんなつもりはないわよ。鳴海さんの気がついたらおみくじ引きましょうか」




 わたしこと鳴海千尋が意識を取り戻したあと、みんなでおみくじを引いた。

「あたし大吉。みんなは?」

「中吉よ」

「末吉でした」


「わたくしは大凶です」四人のなかで村雨さんだけが顔色が悪い。


「どうしたの? 村雨さん顔色が青いよ」


「ええ、まあ……」村雨さんは黙して語らず。怖い。


「でもうっしーにはがっかりだね。あんな男だとは思わなかった」


 姫川さんの言葉に村雨さんは反応しない。いつもだったら護国寺先生をかばおうとするだろう。


「天音さん、その話題は……。でもわたしも本音を言うとがっかりしました」


 わたしも護国寺先生の男らしくない態度には失望していた。


「男としての器が小っちゃいのよ」折笠さんも加わる。


 わたしたちはみんな女性。村雨さんの一途な思いを踏みにじった護国寺先生には不満たらたらである。


「男なんていくらでもいるから。村雨さんも気にすることないよ」姫川さんが慰めようとする。


「いいえ。わたくしは護国寺先生に操を立てて一生独身処女で過ごします」


「思い込みすぎ!」


 不穏だ。正月の景気もどこへやら。


「そういえば村雨さんのお父さんはいまどうしてる?」


「神主なので社務所にいます。なぜそんなことを聞くのですか。お姉さま」


「いや……」


 姫川さんは目を細めた。姫川さんの不機嫌そうな表情をはじめて見る。今日は虫の居所が悪いらしい。生理かもしれない。

 わたしたちは不安を抱えて解散した。



 三学期初日。事件は起こった。

 わたしが登校していると白装束の女の子が目に映る。映画の撮影かな。見覚えのある黒髪は誰かの面影がある。……村雨さん⁉


「村雨さん、なにやってるの? そんな格好で」


「これは死に装束です」


「死に装束?」


「あの女を闇に葬って自害します」


 あの女とは護国寺先生を侮辱して振ったスクールカウンセラーひかりちゃんのことだろう。


 村雨さんは御神刀をかざす。


「だめだよ。そんなことしたら殺人罪だよ」


 村雨さんは答えようとしない。周囲の視線が集まってきた。


 このまま彼女を見放すととんでもないことが起こる。学校は間近なのでとりあえず天文部の部室に誘導した。人目の少ないルートを慎重に選びながら。


 姫川さん、折笠さんにも集合してもらう。事情はわたしから説明した。


「そんなに思い詰めていたんだね。気づかなくてごめん。でもひかりちゃんを殺したら村雨さんの人生は暗黒に包まれてしまう。小説家の夢も叶わない。そうなったらあたしも見捨てる」


 姫川さんの言葉に彼女は眼鏡を外し泣き崩れた。涙雨で顔も床もぐちょぐちょである。


「もう護国寺先生呼んじゃおう。放課後に集合。村雨さんはその格好だから部室で人に見つからないように過ごして」


 姫川さんの指示で一時解散したわたしたち。

 護国寺先生が部室に来るのを待ってことの次第を話すつもりだ。


 これは男VS女の問題である。


 さあ、これまでお付き合いしていただいた読者さま方。次回『聖少女暴君』一年生編のエピローグでございます。


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