13 GEBO決勝

 国内最大級の格闘ゲーム大会GEBO初日。『メディウム・オブ・ダークネス』決勝のカードは韓国人プロゲーマーパク銀優ウヌとプリンセス・Hのカードで行われることになった。eスポーツ部発足の実績としても十分だ。もちろん優勝したほうが実績としては心強い。


 会場の別の一角では『怒蹴』の試合が行われている。『メディウム・オブ・ダークネス』はGEBOに選ばれたタイトルのなかで一番参加者が少なかった。


 もともとプレイ人口が少ないニッチなタイトルだ。公式大会の参加種目に選ばれただけでも奇跡に等しかった。壇上のふたりがスポットライトに照らされて登場する。


 姫川さんが決勝の舞台に立ったことがわが身のことのように嬉しい。


 試合開始前に試合への意気込みを聞くインタビューが行われた。まずは朴さんから。


『韓国からわざわざ来日するなんてすごいですね』

 朴さんはマイクを手に取った。


「この大会はレベルが低いですね。日本のプレイヤーはフィーリングで格闘ゲームをプレイしています。われわれは技のフレームや攻撃判定から有効な戦術を練り上げています。日本人はせっかく発売されているムックを研究していないようだ。負ける要素はありません」


 かなりのビッグマウスに反感を覚える人もいたが彼は虚言癖があるわけではない。無敗という実績に裏打ちされた確固たる信念があった。


「ぼくは兵役義務が終わったので現在プロゲーマーに専念しています。実績のひとつとしてこの大会に遠征しました。それともうひとつ。この大会にあの男が参加していないのが残念です」


『あの男とは?』


「ぼくが数年前来日したときに高田馬場のゲームセンターすめらぎで彼と対戦しました。日本人相手に負けたのは彼がはじめてだった。プレイヤーネームはフリーペーター」


『ああ、彼ですか。わたしは彼を知っています。皇で一○八連勝した伝説のゲーマーですね。全一を総なめしていましたね。社会人になったから引退するといって連絡が途絶えました』


 元ゲーム専門誌編集部から選ばれた解説員はさすがに事情通だ。


 わたしは全一の意味がわからなかったが、あとで聞くところによると、ハイスコア全国一位のことを略して全一というらしい。


「彼もその程度の人だったか。永遠のライバルと思っていたのですが残念です。彼に借りをかえすためだけにこんな古臭いゲームをやっていたのですが、無駄足だったみたいです。日本の格闘ゲーム界は以前よりレベルが低くなったようだ」


『彼はあんなことを言っていますがプリンセス・H。彼に勝つ自信はありますか?』


 マイクを向けられた姫川さんは首を横に振った。会場にどよめきが起こる。


「朴さんに勝つ自信はないですよ。でもそれ以上に自分を信じています。あたしの人生はあたしがルール。シナリオを描くのはあたしです。あたしたちに言葉は必要ありません。モニタのなかの小さな世界に言葉以上の言語がある。その上で勝利者が語ればよいのです」


 姫川さんは朴さんに手を差しだす。朴さんも快く握手に応えた。彼はビッグマウスだが紳士的な男性だ。


「プリンセス。きみは素晴らしい格闘プレイヤーだ。あなたが男性だったらフリーペーターを超えていたかもしれない」


「ノンノン。あたしは女だから強いんです。早く確かめましょう」


 握手が終わるとふたりとも対戦台へ。じゃんけんで勝ったのは姫川さん。縁起が良い。向かい合った席の向こうは敵!


 さあ試合開始だ!



 姫川さんは主人公格のアストリアをセレクトした。暗黒傭兵部隊出身の過去を持つ青年である。

 朴銀優さんは超A級暗殺者のグルガン。このふたりは原作小説第三巻のクライマックスで激突。そのときアストリアは圧勝した。原作再現なるか。


 第一ラウンド。

 ふたりとも不用意に相手に近づかない。真剣勝負をする侍のように見合ってゲージを溜めるために必殺技を空振りする。


 タイムが一〇秒ほど過ぎたとき、アストリアがアグレッシブに攻め込んだ。


 遠間からジャンプしてキックの先端をヒットさせようとする。グルガンは上昇無敵技の『ダークネス・ハンド』で迎撃! 逆にアストリアにダメージを与える。姫川さんでも彼には勝てないの?


 姫川さんは地上戦を仕掛けた。通常技をメインにガード方向を上下に揺さぶる。これは朴さんと同じ戦術だ。立ちAがヒット!


 その瞬間グルガンの体が青白く光る。全身無敵のバーストから攻防が入れ替わる。


 グルガンのしつこいまでの通常技の連係をアストリアが凌ぐ。お互いに一歩も引かない。タイムは半分を過ぎていた。


 アストリアの立ちBがヒット! さらに『ラッシング・エッジ』をEXキャンセルして超必殺技『二刀流乱舞の太刀』までヒットした。やった!


 グルガンが空中に逃げようとバックジャンプする。それを追撃しようと後を追うアストリア。だがグルガンは空中で発動できる必殺技を持っていた。


 グルガンの必殺技『ドリル・トレイン』がヒット! そこからの追撃! 通常技を長くつないで必殺技へ持っていく。 


 アストリアはバーストでグルガンを弾く。ふたりが激突した。そのときふたりのライフが同時にゼロに! ダブルKOだ。ふたりはまったくの互角。



 第二ラウンド。

 グルガンが攻勢にでる。第一ラウンドと同じようにガード方向をゆさぶってアストリアを崩そうとする。アストリアはバックステップと同時に突進必殺技『ラッシング・エッジ』をだす。グルガンもこれには意表をつかれた。


 連続ヒットから宙に浮いたグルガンをダッシュで追いかけ通常技で拾い、立ちCをキャンセルして必殺技『ソード・テンペスト』がヒット。


 ダウンしたグルガンの起き上がりに垂直ジャンプをして技をだすと見せかけそのまま着地。しゃがみAからアストリアのコンボがはじまる。


 奇をてらわずにさきほどと同じ構成の技を丁寧にヒットさせるとグルガンのライフは残りわずか。アストリアは攻め切った。第二ラウンドはアストリアの勝利。


 第三ラウンド。

 ここからグルガンの猛攻がはじまった。遠間から低リスクの技をだし、それがヒットすると確実に破壊力のあるコンボを極めてくる。

 アストリアが宙に飛ぶと一〇〇パーセントの精度で『ダークネス・ハンド』で迎撃。


 そのタイミングを極めるまでにどれだけの努力をしたのだろうか。派手な必殺技・魅せ技を封印した確実にライフを削る高度な戦術にアストリアは大苦戦。タイムオーバーしてライフの差でグルガンが勝利。


 第四ラウンド。姫川さん操るアストリアが攻勢にでる。隙の少ない通常技をメインにヒットからコンボへつなぐ。朴さんと同じ戦術だ。


 こうなるとお互いのテクニック、メンタルの強さ、そしてキャラ性能。その日の体調のコンディションに至るまですべての総合力が勝敗を分ける。


 音が無くなった。観客の声援、ナレーターや解説員の声が消えた。試合を観戦するわたしがゾーンに入ったのだ。姫川さんの息遣いが聞こえてくる。



〝負けるもんか。あたしの人生はあたしがルール! シナリオを描くのはあたし! いままでの努力はあたしを裏切らない〟



「天音さん! 頑張ってください!」わたしは叫んだ。


 その声に反応するようにアストリアは動いた。『ラッシング・エッジ』がヒット。そこからの追撃。EXキャンセル超必殺技『不死鬼覚醒』!


『不死鬼覚醒』連続入力コマンドをひとつたがわず入力。八段目で通常技へ移行。大幅に有利な体勢である。


 そこからのコンボが決まったときグルガンのライフは残り一ドット。地球上の誰もが姫川さんの勝利を確信した。朴さんとモニタ上のグルガン以外。


 アストリアはグルガンへとどめをさすためにジャンプキックした。アストリアを『ダークネス・ハンド』で迎撃したグルガン。空中で『ドリル・トレイン』へ移行。


 ダメージを受けて吹っ飛んだアストリアにガード方向を揺さぶる攻撃をしかけ、またコンボへ。『アサシン・ストライク』→『セカンド・ストライク』→『サード・ストライク』から技の終わりをバーストで強制停止して超必殺技『絶命弾』……


 アストリアはゲージを使い切ってしまったのでバーストすることもできなかった。


 アストリアの苦痛に満ちた悲鳴のサウンドエフェクトが鳴り響く。アストリアのKO負けだ。終わった。


 姫川さんが負けた。世界が闇に包まれた……。

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