12 決勝進出をかけて、試合開始!

 準決勝第二試合。呉敘雅オソアVSプリンセス・H


 姫川さんの眼は闘士に燃えていた。呉敘雅さんはすまし顔で受け流している。


 決勝トーナメント初の女性同士の対決である。これは歴史的にも珍しいことだった。


 格闘ゲームのプレイ人口は男性が多い。近年女性プレーヤーの活躍も目立ってきたが、公式大会で女性が優勝したことはないという。


 ふたりは公式大会で優勝に王手をかけているのだ。会場の期待も大きかった。


 あらためてみると呉敘雅さんはすらりとした長身でモデルのよう。黒い服がよく似合っている。姫川さんもきれいだけど呉敘雅さんは大人の色香を漂わせていた。


「日本に格闘ゲームをする女性プレーヤーがいることを嬉しく思います。よろしく」


 マイクを持たされた呉敘雅さんは姫川さんに握手を求めた。


「あたしはあなたと友人になりたい。試合が終わったらね」


 姫川さんは握手に応えた。取材陣のカメラフラッシュが彼女たちのシルエットを壁に映しだす。


 日韓関係の改善にも繋がりそうな光景だ。格闘ゲームは国の国境を越えたコミュニケーションツールだ。


 後日のことになるが、この写真はネットニュースとして数年先まで語り継がれる。


 その光景をわたしは遠くから見つめていた。姫川さんが、手の届かない人になってしまいそうで、まぶしくて……わたしはくちびるを噛んだ。


 さきほどの試合で負けなければ握手していたのはわたしかもしれないのだ。これが負けるということ。格闘ゲームは真剣勝負。わたしは負けたんだ。


 でも姫川さんなら勝ってくれる。いまは全力で応援することがわたしにできること。


「ヒメー! 勝ちなさい!」

 折笠さんも観客席から声を張り上げている。


「お姉さま!」

 村雨さんも彼女の細い声を精一杯。九条さん、七瀬さん、二ノ宮さんも全力の声援を送っている。みんな……。


 わたしは聞こえていなかった。彼女たちはわたしの試合のときも応援してくれたんだ。


「天音さん! 勝ってください」

 わたしは彼女の下の名前を呼んだ。彼女がわたしの名前を呼んだように。


 わたしの声に気づいた姫川さん、いや天音さんは人差し指で天井を示した。そしてわたしに話しかけた。


「見ててね。千尋、詩乃、初音! わたしは上へ行く!」


『プリンセス・H勝利宣言か⁉』


 ナレーションが煽る。観客のボルテージもマックスだ。


「あたくしたちもいますわよ!」

「ボクの旦那! 優勝して!」

「フレーフレー! ひーめーかーわ!」


 九条さん、二ノ宮さん、七瀬さんも応援している。


 天音さんは指の準備体操をして目を伏せた。彼女は会場の空気に吞まれたりしない。一瞬目を閉じるだけでも瞑想と同じ効果を得られるのだ。


「敘雅! 勝てよ!」


 さきに決勝進出を決めたパク銀優ウヌさんの声援は彼女に向けられている。彼女は手を振った。


 試合開始。じゃんけんで勝ったのは呉敘雅オソアさんだった。


 敘雅さんは第一試合と同じソードマスターのシオンを選んだ。天音さんはいつもと変わらないアストリア。このふたりは原作小説で一度戦ったが決着はつかなかった。


 さっきまでの温和な雰囲気は雲散霧消してふたりの眼差しはバチバチの本気モード。決勝をかけて試合開始!



 呉敘雅さん操るソードマスターのシオンは必殺技のほとんどが溜め技。レバーを一定方向に溜めて技を放つぶん必殺技の性能が高い。


 対する姫川さん操るアストリアはオールラウンダータイプで必殺技も突進系、上昇系と一通り揃っている。ただし飛び道具は持っていない。


 第一ラウンド。

 ファーストアタックをとったのはシオン。接近してからの通常技立ち弱パンチがヒット!


 いけない、韓国プレーヤーはここからいつ終わるのかわからないくらいコンボを極めてくる。


 アストリアの体が青く光る。全身無敵のバーストで切り抜けた姫川さんが攻勢にでた。


 しゃがみ弱キックからコンボがはじまった。立ち弱パンチに立ち弱キック、そこから立ち強パンチをキャンセルして『ラッシング・エッジ』→空中に浮いたシオンをダッシュで追いかけてふたたび通常技で拾う。これは……


『おおっと! プリンセス・H対戦相手の技をラーニングだ。韓国プレーヤーのテクニックを再現して見せた!』


 ナレーターがモニタ画面でなにが行われているか説明した。

 合計一七ヒットのコンボは超必殺技でフィナーレ!


『すごい! プリンセス・H一発のヒットからコンボをつないでKOまでもっていった! このような技は即死連続技と呼ばれています。プリンセス・Hは全国大会でそれを極めた!』


 解説員も興奮している。


「ヒメ! あと一本とるまで油断せずにいこう!」


 折笠さんの黄色い声援に姫川さんは右腕をあげて応える。


 会場はプリンセス・Hコールにあふれた! これは流れが姫川さんに来ている。


 姫川さんは油断する人じゃない。猛獣が狩りをするときに獲物を追い詰めるのと一緒。


 呉敘雅さんの顔色を窺ったが黙して語らず。くちびるを軽く噛んでいた。


 第二ラウンド。


 呉敘雅さん操るソードマスターのシオンは攻勢にでる。第一ラウンドで超必殺技を放ったアストリアにくらべシオンの必殺技ゲージは優っている。攻められればアストリアが不利。


 シオンが必殺技でアストリアを画面端に追い詰めていく。機を図っていたシオンは超必殺技『神威かむい一刀流奥義・神速の太刀』を発動! 画面が暗転する。


 姫川さんは一枚上手だった。超高速で突進してきたシオンを大ジャンプで飛び越す。


 まだ技を発動中のシオンにアストリアが背後から襲い掛かる。通常技をぺちぺちとヒットさせてから必殺技へ移行。必殺技を繰りだしているうちにゲージもMAX!


 必殺技をEXキャンセルして超必殺技『二刀流乱舞の太刀』がヒット!

 シオンのハスキーヴォイスの悲鳴がこだまする。アストリアのKO勝ち!


 終始アストリアがリードする試合運びだった。さすが姫川さん!


『決勝進出はプリンセス・H! GEBOの初日メディウム・オブ・ダークネス決勝は日韓対決! 誰がこんなことになると予想していたでしょうか』


 ナレーションが煽る煽る。


『勝利者インタビューです!』


 マイクを向けられた姫川さんに呉敘雅さんが近づいてきた。


「おめでとう。プリンセス・H」


「その呼び方はやめてくれないかな。仲間がかってに登録した名前だから。恥ずい」


「ではなんとお呼びすればいいのかしら?」


「姫川でいいよ」


 呉敘雅オソアさんは姫川さんのほほに口づけした。


「決勝を楽しみにしているわ。姫川。勝つのはわたしの銀優だけど」


 彼女の不敵な笑みは勝利者が誰であったのか、一瞬忘れさせた。


 この発言、銀優さんと敘雅さんが恋人同士だということを表している。なにかいやな予感がする……。


 プリンセス・H決勝進出。

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