14 姫川天音は三度死ぬ
GEBO初日。『メディウム・オブ・ダークネス』決勝。優勝者は韓国出身のプロゲーマー
ナレーションや解説員がなにか言っていたが脳内で汲み取ることはできなかった。
「優勝おめでとう。わたしの銀優」
ギャラリーから韓国人プロゲーマーの
彼女の心臓が見えざる手で締めつけられる。
姫川さんこと聖少女暴君が席から崩れ落ちた。ポケットからロリポップキャンディがだらしなく床に散らばる。彼女の心臓の鼓動が静止した。
「
その言葉を最期に姫川さんはこときれた。
一一月二三日
姫川天音 死亡 死因『学生カップルコンプレックス』
「ヒメーっ!」
折笠さんの悲鳴は、体育館にいたすべての人が耳にしただろう。
ギャラリー席からステージに駆けあがった折笠さんは姫川さんの呼吸と心拍を確認する。彼女は動力がきれた
その彫刻のように整いすぎた顔が、ことさらに彼女を造形物のごとく錯覚させる。彼女は美の女神が想像した自動人形ではないか……? 彼女と出会ってからいままでの日々は、神がもたらした天の采配ではなかっただろうか……?
わたしはあるはずのない現実離れした疑いをもってその光景を眺めていた。姫川さんの友人はみんな彼女の生命活動を確認するために集まっていた。
「心臓が止まってる! AED持ってきて!」
折笠さんの怒号。彼女は姫川さんの気道を確保し、鼻をつまんで人工呼吸をはじめた。
「あなたは心臓マッサージして!」
「やり方わかりません!」村雨さんの絶叫。
「いいからやりなさい! 映画とかで見たことあるでしょう! 鳴海さんは呼びかけて!」
「天音さん! 天音さん! 帰ってきて! わたしたちを置いていかないでください!」
わたしは必死に呼びかけた。瞳が涙の膜で覆われてもう姫川さんを確認できなかった。わたしの叫びはほとんど慟哭だった。
AEDが到着すると折笠さんが姫川さんの上半身の服を脱がす。綺麗な体だった。AEDの電極パッドを彼女の美しい体に装着すると心電図が自動解析され、電気ショックの必要性が判断された。
「三、二、一、下がって!」
ふだんの折笠さんからは想像もできないほどの険しい音律で叫ばれた指示とともに、AEDのパルスで姫川さんの華奢な体が跳ねあがる。
「心拍が戻らない! もう一度! 下がって!」
電流が死者に鞭打つかのように姫川さんの体が跳ねた。
「心拍が再開した! あとはわたしに任せて!」
折笠さんは彼女の呼吸が再開するまで人工呼吸をつづけた。
その光景はまるで聖母マリアが最愛の人に口づけするかのように神々しかった。
「お姫さま、死んじゃやだーっ。ボクを未亡人にするなぁ」
二ノ宮恋ちゃんが泣きながら七瀬さんの胸に顔をうずめた。
「姫川天音! あたくしとの決着をつける前にこの世界を立ち去ることは許しません! 聞こえているのでしょう! 返事をして!」
九条沙織さんが姫川さんの手を固く握った。
「呼吸が戻った! 九条さんのおかげね」折笠さんが破顔する。
「……いいえ、折笠さん。あなたのてがらです」
九条さんは慈愛を込めて微笑んだ。
数分後、心拍と呼吸が再開したことが確認された姫川さんはそのまま救急搬送された。救急隊員が折笠さんの迅速で適切な対応に感謝を述べていた。
折笠さんは震えとともに地面にぺたんと座り込んで泣きはじめてしまった。幼児帰りしたかのごとくの鳴き声だった。
九条さんが折笠さんを抱きしめる。年長者らしい態度だった。
「怖かった、怖かった……! ヒメがわたしの前からいなくなることが死ぬことより怖いのぉ……!」
「あたくしもです」
九条さんは母親がするように折笠さんの髪にキスした。
「ヒメがいなくなったら、わたしはもうわたしでいられない……。わたしはヒメを……」そのさきは嗚咽にさえぎられ聞き取れなかった。
会場も騒然としたが、搬送後に優勝トロフィーの授与式があったらしい。わたしたちは姫川さんの病院に付き添ったのであとのことは知らない。
病院には九条さんたちも同行することを希望したが、救急車の車内に乗れる人数的に天文部メンバーだけが同行した。
救急車に乗る前に折笠さんが九条さんとRINNE交換して、命に別状がなかったことを伝えた。
数時間後、意識を取り戻した姫川さんは医師から説明を受けた。その後、わたしたちを病室に呼んだ。
世界初の症例『心因性急性進行性致死性学生カップルコンプレックス・シンドローム』
このまま病気が進行すると日常生活が困難になり余命一年。
医師から余命を告知されたそうだ。わたしたちは泣き崩れた。
わたしたちと対照的に姫川さんは微笑んでいた。
「心臓が二分間止まってたってさ。詩乃が助けてくれたんだって? ありがとー、ありがとー、ありがとー」
「感情がこもってないわ。ふざけていると怒るよ。あなた死にかけたのよ」
折笠さんは今晩だけは彼女の冗談につき合わなかった。
「ヒメ。あなたの夢はわたしの夢でもある。わたしたちの夢の舞台から途中退場しないで」
「悪かったって。意識を失ったとき、ふしぎな夢を見たんだ。気がつくとあたしはお花畑にいて、
「スケールでかいな。亡くなったおじいちゃんじゃないんかい。日本神話の最高神じゃない」折笠さんが指摘した。
「彼女いわく、『わたしは天照大御神。あなたの守り神よ。ああ、天音ちゃん! 死んでしまうとは何事でしょう。特別に命をもうひとつあげるから使命を果たすまで頑張って!』だって」
「天照大御神さまフレンドリーだな。命って簡単にあげていいものなのかしら」
「あたしの名前は天照大御神から一字もらったの。もうひとりのマーマだと思っている。余命一年なら最高に楽しく暮らしたいわね」
姫川さんの強がりはわたしたちの胸を締めつけた。
「なにが余命一年よ。学生カップル見てもジェラシー感じなくなればいいだけでしょう」
「折笠さん、それくらいで」村雨さんが仲裁に入る。
「わたし、中学のとき死にかけたことがあるから死ぬのはこれが三度目ね」
姫川さんの暗い表情をはじめて見た。
「ヒメ、中学のとき、なにがあったの?」
「いつか話すよ……」
「わたしたちはそのいつかがくることを信じていいのね」
「それは絶対」姫川さんは窓の外を見やった。
こうしてわたしたちの
……と思ったが全国大会二位、三位を天文部メンバーがとった実績が学園に認められた。決勝前に行われた三位決定戦でわたしはちゃっかり
校長との交渉の場で後押ししてくれたのは護国寺先生。
格闘ゲームをすると暴力的な衝動が高まるというのはエビデンスのない情報であり、ゲームが集中力を高めるということにはデータに基づいた実証があることを校長に説明してくれた。
さらにeスポーツ部を設立した場合顧問を引き受けてくれるという。護国寺先生、神!
そして文化祭での天文部の実績が認められ、学校に取材が来たため天文部を廃部する話も見合わせることになった。eスポーツ部が設立された場合、天文部と兼任することで話がまとまった。
波乱がありつつも順調に思えるわたしたち。季節はクリスマスが近づいていた。
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