一話

――ウェンディ・ベルは美しい。その美貌はもちろんのことだが、彼女はその立ち振る舞いもまた美しかった。貴族令嬢としての気品がありながらも、決してお高く止まっているわけではなく、誰に対しても平等に接してみせる。



だが、誰でも平等というのは誰にも素をさらけ出さないということでもある。

つまり、この学園にいるほとんどの生徒は彼女の本当の姿を知らないのだ。

そんな彼女が〝感情〟を見せる相手がいるとすればそれはたった一人だけだった。

そう、彼女にとってただ一人の特別な存在――婚約者であるリディア・クラウンだけだ。



ウェンディにとって、リディアは唯一心を許せる人間だ。だからこそ、ウェンディはいつもリディアに対してだけは、他の人間と接するときとは違う姿を見せている。



その言葉を自分に向けて欲しい、と思ってしまう生徒がいてもおかしくはない。

だから、今この状況で誰もが思ったことだろう。 



しかし、リディアはそれを良しとはしなかった。周りにとっては、羨ましくもあり妬ましい関係に見えるかもしれない。しかし、リディアにとっては、鬱陶しいことこの上ないものだった。



なぜなら、リディアはウェンディのことを心から信頼しているわけではないからだ。故に、リディアは他の女に浮気をしていた。



遊びで女を抱き、そして飽きたら捨てる。それがリディアという男だった。

ウェンディと婚約したのも、政略結婚に過ぎない。親同士が決めたことだ。そこに愛など存在しない。



それでも、ウェンディはリディアのことを慕っていた。誰よりも強く想っていた。

それはもう盲目的と言ってもいいほどに。



故にリディアは調子に乗る。自分が何をしても許されると思い込む。しかし、それは間違いだ。



現に、いつもニコニコとした笑顔を浮かべていたウェンディ。しかし、今は笑っていない。それどころか無表情になっている、その原因が自分に向いていることをリディアは知らなかった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る