第23話

「まったくあなたと言う人は! これだから油断も隙もないのです!」


「いや油断も隙もって別に誰かに迷惑かけてないから問題ないでしょう」


 ーーまいった、この状況どうしよう。


 ついリアナと話込んでしまってアーシャがいつも通り僕の部屋にやってきたのが最悪だ。

 いつにもましてアーシャは機嫌が悪い。自分と僕の二人きりの時間をリアナに邪魔されたのが凄く嫌だったのだろう。今も怒りながらリアナに文句を言っている。


「というかアーシャとラナにそんな習慣があったのね。しかも幼い頃から~」


 むしろ自分とアーシャの習慣を知ってにやにやしている。アーシャが怒っていることなどどこ吹く風といった様子だ。またからかうネタを見つけたとか思ってるな、この王女様!


「ふふ、学院時代からあなた達二人ってべったりだなって思ってたけどこんなことまでしてたなんてね~。完璧で通ってるライアムの公爵令嬢様も子どもっぽい習慣があったんだ~」


「べ、別に子どもっぽくはないでしょう! 家族と話す習慣があってなにが悪いのですか! そのイライラする笑顔をやめなさい!」


 ああ、駄目だ。アーシャは完全にリアナのペースに乗せられている。


「学院の頃からあなたってラナにべったりよね。そりゃ幼い頃から一緒にいるなら信頼も強固なものなんでしょうけど。たまにはラナを解放してあげなさいよね」


「私だって本当ならこんなに監視するように縛り付けるのは嫌ですよ。でもラナが無茶ばかりするから見ていないと不安なんです。家族としてそれはおかしなことですか!?」


 アーシャの強い口調にリアナが押される。リアナの顔にはどこかアーシャの言葉に納得した表情が浮かんでいた。

 ……そこで納得されるのは困るんだけどなあ……


「まあ……あなたの気持ちは分かるかも。なんでも一人で処理しようとするところはあるわよね。ラナって」


「リアナ、そこで納得しないでおくれよ」


「でしょう。この点に関しては同意してもらえるはずです」


 家族と友人に責められて僕は不利だ。くそう、どうしてこうなる。


「まあ、お互いほどほどにね~。でもうらやましいなあ、あたしは王族でそんなことできる人なんていなかったし。皆私を一人の人間としてじゃなく王族としてしか扱わなかったからね」


「……」


「あ、別に周りのそういうのが嫌だったとかじゃないからね。皆あたしの意思を尊重してなるべく自由にさせてくれたからさ。ただ二人みたいになんの意味もなく雑談できる関係はいいなって思っただけ」


 リアナは誰とも交流する人間だ。王族として執務を取っている今でもなるべく王都には顔を出すようにして、人の意見を良く聞くいい王女だと思う。

 だけど同時にそれは皆が彼女を王女としてしか見ていないということの裏返しでもある。


(それはちょっと寂しいことだなって思ってしまうなあ)


 僕のような前世も生まれは浮浪児、剣士として名をあげた人間とは違う苦労をアーシャやリアナはしている。そしてそんな彼女達を助けたいと思ってしまうのは……。


(やっぱりアリス様のせいかな。どことなくなにかを良くしていこうという二人の姿勢が彼女を思いおこさせるんだよね)


 数百年前、この世界は魔族と人間が戦争をしていた。僕が使えていた女王陛下ーーアリス様はそんな状況を終わらせてみんなが安心して暮らせるような世界を作るために戦っていた。

 アーシャとリアナが貴族として領民や王国の民の生活を守り、向上させようと努力しているのはその女王様を思いおこさせる。僕は彼女達といい関係を続けていられる一つの理由だろう。


「でも、今は二人が友人として私と接してくれるからそういう羨ましさも減ったなあ。感謝するわ、二人には」


 突然告げられたリアナからのお礼にアーシャは頬を赤くする。やがて照れ隠しをするように横を向いて口をとがらせた。


「べ、別に特別なことではないでしょう、王族だからって友達が欲しくないわけではないですし。……私もあなたと話をするのはなんだかんだ言って楽しいですから」


 アーシャが口にした言葉に僕は驚く。リアナのほうも面食らったのか呆けた表情をしていた。

 

「ど、どうしたの!? アーシャ!? 君がリアナに対してそんなことを言う日が来るなんて!!」


「びっくりした。なにか悪いものでも食べた?」


「二人共、私のことをどう思っているのか後でじっくり聞かせてもらう必要がありそうですね」


 極上の笑顔で冷たい冷気を放つアーシャ。その迫力に僕もリアナも飲み込まれてしまう。


「ええ、確かにリアナのことは腹立たしいと思うこともありますよ。……だってなんでもそつなくこなすんですもの!! 学院の時の座学のテストだって私より勉強してなくて点数良いし!! 魔力の扱いも上手だし!! 私よりすべてをうまくこなしてしまうあなたに腹立たしいと思わなかったことはありません。でも同時に大事な友人なんです、なにか相談したら一番的確な対応をしてくれるのはリアナですし」


「……」


 アーシャの言葉を聞いていたリアナは恥ずかしかったのか赤面している。そりゃあんなふうに気持ちをぶつけられたらそうなるよね。


「あ、ありがとう。あたしもアーシャのことは大事な友達よ。私に対して王女として扱わず一人の人間として接してくれるし。普通の人ならためらうようなこともあなたははっきり私に言ってくれる、ありがたいと思っているわ。それにあなたみたいに努力を怠らない人間は私は好ましいと思ってる。だからこれからも私と友人でいてね」


 赤面しながらアーシャの言葉に返答するリアナ。その返答を聞いてアーシャは照れながらもどこか嬉しそうだった。

 それからは僕達は時々リアナがアーシャを茶化したりはするもののなごやかな時間を過ごした。


(ふふ、こんな光景を見られるなら転生したのも悪くはないね)


 楽しそうな二人の様子を見ながら僕はそんなことを考えていた。彼女達を守るのに僕の剣が役に立つのならいくらでも振るおう。

 僕は決意を新たにしながら二人と楽しい夜を過ごしたのだった。

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