第22話

「ふう」


 僕は溜息をついて部屋に置いてあるベッドに腰掛ける。今日一日説明ばかりで少し疲れたな。


 あの後はリアナも交えて皆で夕食を楽しんだ。アーシャも機嫌の悪さを皆の前で出すようなこともせず、普通にリアナと会話していたため、安堵したのは秘密。


「にしても本当にこっちにやってくるとは思っていなかったな。学生の頃から彼女は行動が読めなさすぎる」


「あら、人に対して失礼ね。王女殿下に対して不敬よ」


 いきなり背中から声をかけられ僕は驚いてしまう。後ろを振り向くとそこには窓から入ってきている王女殿下ーーリアナがいた。


「リ、リアナ!? なんてところから入ってきてるのさ!!」


「いや、部屋の入り口はお付きの侍女達が見張っててね。なかなか部屋から出られないからどうしようかと考えていたら窓が目に入ってさ。そこからだったら抜け出せるなーって思って」


 にこにこしながら自慢げに話してくるリアナ。僕は頭を抱える。


 ……こういう姫様なのだ、彼女は。


 なんというかこう、行動力がありすぎるのだ、人として。学院時代も護衛をしていた侍女の目を盗んでライアム邸に遊びにきたり、王都の城下に僕達と一緒に遊びにいったりしていた。そんな破天荒な行動のせいでお転婆なお姫様として彼女の名前は知れ渡っている。


「また侍女達を困らせて。もう少し王族としての自覚を持ちなよ、彼女達を困らせるようなことをしちゃ駄目じゃん」


「あら、流石に私も昔みたいに無闇に抜け出して来たりはしないわよ。ここならあなたもいて安全だから抜け出してきただけ。自分の身を下手に危険にさらすような真似もうできないわね、いろいろ背負ってるものが出来てるし。そういう訳でなにかあったら私をちゃんと守ってね、王国最強の剣士さん」


 リアナはそう言って僕にウインクをする。僕は溜息をついた。彼女の説得を観念した僕はリアナを椅子に座らせ、茶菓子とお茶を用意する。僕が用意したものをテーブルまで持っていくとリアナはあ、ありがとうと言ってお菓子を遠慮なく口に放りこみ始める。こういうところで遠慮をするタイプではないのだ、この王女様は。


「本当に君という人は……」


「いいじゃない、長い付き合いの友人に会いに行くくらい。せっかくこっちまで来たんだもの。堅苦しい要件とか抜きにして話はしたいわよ。あなた学院を卒業して以来、王都のほうにいっさい顔を出さないんだし」


「それは……君も理由は分かるでしょう」


「分かってるけど寂しかったわ。友人に会いにくるくらいならあの時でもよかったでしょうに。今なら大手を振って王都で堂々と出来るんだからちゃんと遊びに来てね」


 少し拗ねたようにリアナは言う。王女としての顔ではなく、友人として彼女は寂しいと言っていいるのは彼女の表情を見れば分かった。


「……ごめん。でも君に一つ聞きたいことがあったんだった」


「なにかしら?」


「その公爵様に僕の養子縁組を提案したのは君だって聞いたけど?」


「ああ、その話? ええ、あなたにきちんと地位を与えるべきだって話は前々からあったわ。あなたの実力や功績を考えるとなんの身分がないのがおかしかったのよ。古竜討伐の時も自分から周りの目を気にして地位を得ることを自体してるし。あの時、アーシャもとても怒ってたわよ」


「……あはは、その光景が目に浮かぶ」


「で、その時の経緯もあったから長い付き合いのあるライアム家に養子に入ってもらって地位を与えることがあなたにとっても一番いいと私は考えたの。それで公爵様に相談して承諾してもらったわけ。あなたならライアム家が養子にとるといってもおかしくないしね」


「はあ……前々から仕組まれてたということなんだね……」


「仕組むなんて人聞きの悪い。いつまでも実力に見合った地位を自分で受け入れようとしないからそうなるのよ。公爵様だってあなたの気持ちが最優先だって言われたはずよ」


「そうだね、それは提案された時に言われたよ」


「公爵様から聞いたけどその提案も最初は断ったそうね、まったく。いい加減自分のことを受け入れなさいよ。学院であなたが散々嫌みを言われてたのは知ってるけど、今は味方もいっぱいいるんだしさ。もう少しきちんと人を頼ることを覚えなさい」


「うう……」


 似たようなことをアーシャにも言われたなあ。僕ってそんなふうに見えているんだろうか。


「ねえ、僕ってそんなに人を頼らないところがある?」


「ええ、なんでもかんでも一人で解決しようとするところはあるわね」


 即答! 迷いなし! 


 そこまで迷いなく即答されたら少し落ち込むなあ。


「まあ、そうなった理由は分かるから私はあまり責めないけど。だけどこれからは少しはそういうことも覚えていきなさい。ライアム家の養子になってきちんと地位も手に入れたんだからそういうこともできないと駄目よ」


「……善処します」


 確かにリアナの言うとおりだ。あの男を捕まえるのは僕だけでは駄目だろうし、いろいろな人の協力が必要になってくるだろう。


「ありがとう、いろいろ僕のことを考えてくれて」


「お礼はいいわ、私は自分が納得できるように行動しただけ。さてこういう話はやめましょう。最近、あなたなにしてるの?」


「なにをしてるって言われてもね。養子になる前は領民の皆が困ってたら助けたり、領内に出没した魔物を討伐したりして過ごしてたよ。今は正式に家の人間になったから領内をアーシャや公爵様と一緒に視察したりかな」


「なんか何でも屋みたいね、それはそれで楽しそうだな~」 


 くすくすと笑うリアナ。その笑顔は先程まで公爵様と会談していた時には見せなかった年相応のものだ。

 破天荒な行動の多いリアナだけど王女としての責任はよく果たしている。王国の民ともよく対話し、彼女が進言したことで改善したことも多いのだ。彼女には兄弟がおり、王位継承権は一位ではないが次の王が彼女であればという声もかなり聞くのだ。

 もっとも当人はあんな窮屈な地位は嫌と言っているが。


「いいな~、私も学院時代みたいにあなたとアーシャと一緒に街を歩き回りたい~」


「今の君は王女殿下として行動してるんだからそんなことしたら皆に迷惑がかかるよ」


「大丈夫。いざとなったら今日みたいに勝手に抜け出してあなたに護衛してもらうわ」


「いや、駄目でしょ!!」


「王国最高の剣士に護衛してもらってるなら誰も文句は言わないでしょ」


 からかうように言うリアナ。冗談のように聞こえるがこういうことを本気で実行する時があるから困る。


「ああ、そういえばアーシャは今日ずっと機嫌が悪かった? なんか会談の時、無理に取り繕ってた気がして」


「あー……さすがに分かるよね……」


 まああれだけ不機嫌なら隠そうとしても雰囲気で分かってしまうよね。感情はなかなか隠すのが難しいから。


「彼女はなにを怒っていたのかしら?」


「うーん、なんというかリアナに頼ろうって話していた時に君がこっちに来るって情報が入ってきたからそのタイミングの良さがなんか嫌だったみたいよ」


 僕の話を聞いてリアナは吹き出した。


「あははは! 成程、そういうことか! 用は学院時代と同じってことね」


「うん。君が相も変わらず手際がいいから対抗心を刺激されたんだと思う。学院時代も二人がなにかと張り合ってたのを思い出しちゃった」


「あー、懐かしい。あの子が学問や実技も生真面目にやってるのと私が苦もなくいろいろこなすからあの子が対抗心燃やしていたのが昨日のことのように思い出されるわ」


「あー。それは僕に取っては嫌な記憶……最初の試験の後、大変だったんだからね。アーシャは小さい頃からずっとトップだったから誰かに抜かされた経験がないせいで君に負けた時凄かったんだから」


「それからよね。あの子の対抗心溢れる視線をずっと受けるようになったのは。であなたの取りなしで私とアーシャの交流も始まったわけだけど」




「まあね、僕も交えてだけど。なんというかアーシャの対抗心も君のようになんでも出来るようになりたいってところから来てたからね。きちんと話せば仲良くなれると思って取りなしたんだけど」




「最初あなたと話した時はなんて不思議なやつだろうと思ったわ。いがみあってる者同士を取りなすなんてどうかしてるし」




「でもリアナもアーシャと友人に慣れてよかったでしょう?」




 僕の指摘にリアナは少し照れた様子を見せる。




「……そうね、アーシャとはいい友人に慣れたし、あなたという心強い味方も出来たからね」


「ふふ、僕の勝ち~。リアナはアーシャをからかうけど君も結構わかりやすいよね」




 僕が指摘するとリアナは少しむくれる様子を見せる。




「失礼ね。あの生真面目なアーシャみたいに分かりやすくはないと思うわ」




「そう? 二人は結構その辺り似てると思うよ~」




「ちょっとラナ、あなた楽しんでるでしょ?」


「うん、君をからかうなんてなかなか出来る機会がないからね。出来る時にやっとかないと」




「やらなくていいわ」




 拗ねた様子で僕を睨むリアナ。二人共生真面目と天才肌という違いがあってもこういう負けず嫌いなところはそっくりなのだ。




「そういえばこのタイミングでこっちにきたのはやっぱりこの領地であの結晶の生えた魔物が見つかることが多かったりしたから?」




「ええ。ライアム公爵と私も連絡を取り合っていたの。そうしたらライアム領であの魔物が目撃された回数が一番多かったからなにかあるかなと思って」




 やっぱり情報収集は怠らない。リアナは天才肌ではあるけど情報を集めて行動するという基本をおろそかにする人間でもないのだ。




「で、今回僕の話を聞いて謎の男の存在を知ったと」




「ええ。その男については初めて聞いたわ。何者なの?」




「僕にも分からない」




「あなたやアーシャの関係者という線はない? 過去にあなた達が会った人物と似た特徴があったとかそういうことは?」




「……」




 僕はリアナの指摘にどきりとする。その同様を隠すために僕は慌てて考え込む仕草をした。こういうところの勘が彼女は異様にいいのだ。




(奴は僕が前世のグレンであることを知っていた。リアナの言うことを真剣に考えるなら前世の僕の関係者っていうのはありえるかもしれない)




 しかしそんなことはあり得ない。僕の前世はもう何百年も前だ、人間はそんなに生きることはできない。前世の関係者であるということを考えてもこの点をどうしても解消する方法があるとしたら僕のように意識を転生させることだ。




(うーん、でも僕自身その話を信じられないんだよな。そんなことが出来るなんて前世でも聞いたことがないし。僕自身がなんでこの時代に転生したかも分かってないのにこのことをリアナに話すべきなのかな……)




 こういう時に不確実な情報を伝えて相手を混乱させるのはよくないよね。




「いや特に僕達の関係者に思いあたる節はないかな。力になれなくてごめん」




「そう……ライアム領に頻繁に出没しているのならあなたやアーシャとなにか関係があるのかと思ったのに違うのかしら……」




 ぶつぶつつぶやきながら思案するリアナ。僕はその姿を見て少し申し訳ない気持ちに襲われる。


 でも僕が転生者で相手は僕の前世の関係者だと言っても彼女におかしなことを言っていると言われて終わりだろう。今はこれでいいんだ。




 ただ一つ聞いてみたいこともある。




「ねえ、リアナ。一つ聞いてもいいかな?」




「なにかしら?」




「君は人を転生させる方法とか聞いたことってある?」




「はあ?」




 うわ、このあからさまになに言ってんだお前って反応。やっぱりさっき考えてたことを伝えなくてよかった。




「いったいどうしたの? そんなことを聞くなんて。誰か生き返らせた人でもいるわけ?」




「いや、ただなんとなく。この前読んだ小説が転生した二人が生まれ変わっても結ばれる話でね。小説自体の内容はあまり面白いと思わなかったんだけどふとそういう技術を誰かが生み出していたりしないのかなとか思ったり」




「……なんでそんなふうに思ったか知らないけどそんな技術はないわ。そんなことが出来たらそいつは神よ。人の自由に転生させることが出来たらなんでもありじゃない。それにそんなものを思いついていたなら間違いなく話題になるわ」




「そうだね、それもそうだ」




「……ねえ、ラナ。本当にどうしたの?」




 リアナが僕に近寄って顔を近づけてくる。アーシャとは別系統の綺麗な顔が近づけられ、甘い香りが僕の鼻孔を刺激する。




(うう、これは辛い……)




 言うわけにはいかないが中身が男性の僕にとってこれは非常に辛い。二人は僕のことを女だと思っているからこの距離感はおかしくないんだけどね。




「なにか考えてることがあるの? もしあるなら教えて頂戴、なにも考えなしにあなたがあんな質問をするとは思えないわ」




「いや本当になにもないよ。ただ本当に気になっただけ。ごめんね、変なこと言って」




 僕は強引に会話を打ち切る。リアナはどこか納得していない様子だったが、この件で僕になにか言っても聞きそうにないことが分かったのか、大人しく引き下がった。




「……まあいいわ。あなたがあんな意味が分からない質問をするとは思わなかったからついなにかあるか勘ぐっちゃったけど、単に聞きたいだけってこともあるよねわよね」




 心の中でリアナに感謝する。しかしこんなに食いついてくるとは思わなかったな。




「まあ僕にもそういう時はあるよ」




「基本無駄な会話はしないくせに」




 ジト目でこちらを睨んでくるリアナ。やっぱり僕の態度にどこか納得出来ていないところはあるようだ。




「さっ! これでこの話は終わり! そういえばリアナに頼んでおいたあの件はどうなった?」




 僕は以前からあるものを探して欲しいとリアナに頼んでいたのだ。彼女がこちらに来ると聞いてその件がどうなっているかを確認しておきたかった。




「ああ、あの件ね。魔剣探し」


「そう」




 僕が彼女に探して欲しいと頼んでいたものは魔剣ーー前世の僕が愛用していた剣だった。


 僕が愛用していた魔剣は二本、一本は魔族や魔物に対して威力を発揮する剣、もう一本は魔力を切り裂く効果が付与されているものだ。この時代にも伝承だけは伝わっていたみたいだからおそらくクレイや陛下が保存はしておいてくれたのだろう。リアナに協力してもらってどこにあるか調べてもらっていたんだけど、こんな状況になったらあの魔剣があるのとないのでは戦いも変わってくるかもしれないのであの男との戦いの後に手紙で頼んでおいたのだ。




「伝承だけが伝わってるものを探して欲しいなんて変な頼み事をするわよね。まあ魔剣に関しては歴史学者の中でも考えがあるから全部笑い飛ばすわけにはいかないけど。ごめんなさい、今はそっちに関しては進展はないわ。なにせ記録が伝承だけだからどこにあるかを探すのも難しくてね」




「そっか……」




「でも本当にあるのかしら? そんな凄い剣、もしあるなら私も使ってみたいわよ」




 リアナが興味津々と言った様子で話す。




「ごめんね、君にはお願いばかりだ」




「いいわよ。あなたには王国を救ってもらった大きな借りがあるんだもの。あの古竜が王国を襲った時、あなたがいなければ間違いなく国が滅んでいたわ。その報酬としてのお願いなら安いものよ、これくらい。ほんと地位を望まないでなんでこんなものを探して欲しいなんてお願いをしたのかしら」




 手をひらひらと振りながらリアナは答える。




「あはは、あの時は地位とか欲しいと思っていなかったからね。どうせなら伝説の剣とかのほうがいいかなーって」




 なんとなくだが本当にそう思ってしまったのだから仕方ない。前世との繋がりを感じるものを欲しくなってしまったのだ。




「あ」




 ふとテーブルの上に置いてある茶菓子に目をやるともうなくなっていた。リアナの食べるペースが速い。




「もうなくなってる……」




「あのお菓子おいしかったわ。あれってこちらで作られた新作?」




「そうだね。また欲しかったら王都のほうにも送るよ。ちょっと追加のお菓子を取ってくるから待ってて」




 僕はそう言って部屋を出てお菓子を取りに行く。そうして自分の部屋の扉を開けて廊下に出た。




 ーー扉の前にはアーシャが腕組みをして立っていた。




「ラナァ……」


「ひっ……」




 僕は思わず、引きつった声を挙げてしまう。




「あなたと会話しているいつもの時間になって部屋に来てみたら誰かと喋っている声が聞こえて誰と話しているのか聞き耳を立てていたら……やっぱりリアナでしたか」




 呆然としている僕を押し返してアーシャは部屋の中に入ってくる。部屋の中にいたリアナは何事かとこちらを見ていた。




「あら、アーシャ。なんでここに?」




 これからこの二人を相手に会話をしなければいけないと思うと僕は頭を抱えた。


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