第11話
今、公爵様はなんておっしゃられた?
頭が混乱する、言われたことをきちんと理解するのに時間がかかってしまった。
「その……今言われたことは本気なのですか?」
僕の言葉に公爵様は頷く。
「本気だ。お前を正式にこの家の一員として迎えたいと言っている」
「……正気ですか?」
言葉が悪くなってしまったけど、思わず僕は口にしていた。それがどれだけ困難なことかを理解していたからだ。
「ライアム家は王国の中でも屈指の名家です。他の名の知れた家から養子をとられるなら分かります。しかし僕は生まれがどこかも分からない卑しい身分の人間です。そんな人間を家に受け入れればライアム家はなにを考えているのかとそしりを受けるでしょう。この家の中でも僕のことをよく思わない人間はいます。それなのに……」
最後のほうの言葉はなにを言えばいいのか分からず、尻すぼみになってしまった。いずれにしてもこんなライアム家の名前の傷がつくような真似をするなんて公爵様はなにを考えていらっしゃるんだ。
「……君が懸念していることはもっともだ。しかし一方で君を評価している人間もいることを君は理解しているはずだぞ」
僕の言葉に公爵様は冷静に言葉を返す。
「それは……」
「ラナ、自分が王立学園時代になにを成し遂げたか忘れたとは言わせんぞ」
「……」
公爵様は僕がアーシャと彼女の友人であった王女殿下と成し遂げられた古竜討伐のことを話しているのだろう。確かにあの古竜は王国の危機だったからその討伐をした僕達の名は知られているのは知っている。
「君が王立学園時代に成し遂げたことは貴族の間でも知られている。君への評価は2分されている状況だ。君を評価するものは君のことをなんと呼んでいるか知っているか?」
「……いいえ」
「次期ライアム公爵の剣、王国最強の剣士だ。それだけ君が学園時代に成し遂げたあの件は評価されているのだよ」
大層な二つ名だ、僕がこの身分である限りアーシャの隣にいたくてもずっと一緒にいることは叶わないのに。
「……あの古竜討伐はアーシャと王女殿下がいたから出来ただけです。僕の手柄ではありません」
学院時代に王国を襲撃した古竜の討伐はアーシャと王女殿下の助力があったから出来たことだ。確かに最後の止めは僕が刺したが僕一人の功績ではない。王女殿下やアーシャの助けがなければ絶対に無理だった
「度を過ぎた謙遜は嫌みに聞こえるぞ。世間はあの戦いにおける君の活躍をそう評価していない。ただあの件で君の名前が広まってから君をよく思わない人も増えたのも事実だ」
「ならなおのこと養子の件はまずいのではないですか? 僕がライアム家に入るこことで公爵様やアーシャに迷惑がかかるのは」
「見方を変えれば君を守ることも出来るのだよ」
「!?」
「君の扱いは成し遂げたことや実力に比して正直過小だと思っている。君はあの後古竜討伐の後に学院を卒業し、この領地に戻ってきたからその後に王都で君がどう思われているか知らないだろう」
公爵様はこちらを真剣な目で見てくる、その瞳には心配の色が浮かんでいた。
「君を評価する人間と同じくらい君を評価しない人間も多いんだよ。だからライアム家にが後ろ盾となって君を守ることを決めたのだ」
「……」
どうやら僕の預かり知らぬところで評価がとんでもないことになっているようだ。本当にやめて欲しいが。
「古竜を倒した以外にも学院でも君は優秀な成績を残している。それなのにこちらに戻りたいと言って戻ってきた。来て欲しいという就職先はいくらでもあったのに」
「単純に出世とか栄達を望んでなかっただけです。僕が王都でそういった栄達を望むのは無理だと公爵様もご理解されているでしょう」
そう、確かに王都では学院卒業と同時に僕はあらゆるところから声をかけられていた。
だけどすべてを断ってライアム領に戻ってきた、理由は単純。僕の身分が低すぎてそこで頑張ってもいい環境が手に入る確率はゼロだったからだ。
僕の知っている王女殿下や公爵様が頑張っているおかげで国の中心に平民出身者が関わることは増えている。しかしまだまだ貴族の権威や権力は強い、能力がある人間を身分に関わらず、登用していこうという動きに反対している勢力もいるのだ。
(学院時代の僕もさんざんそういった考えの奴らから恨まれてたからね。今思い返せばなかなか酷いことばかり言われてた気がするけど)
学院時代はアーシャや王女殿下が見方になって僕が普通の学院生活を送れるようにそういった人間達から守ってくれていたが、働くとなると常に二人がいるわけではないのだからそうはいかない。
だから僕は領内に戻ってきてこっちで働こうと思ったのだ。実際今も人助けをしたお礼に日々の食べ物をもらったりして生活している。まあライアム家の好意にかなり甘えている面もあるけど。
「今、君が言ったことをなくすための養子入りだ。ちなみに王女殿下はとてもいい考えです。彼の力を生かせないのは王国の損失なので常々どうにかして彼に後ろ盾を作らねばと思っていました。どうぞ、よろしくお願いしますとおっしゃっていたぞ」
「……あの人は!」
僕は天を仰いで叫ぶ。あの腹黒王女、余計なことをしてくれたね!!
「いつのまにそんな外堀を埋められたのですか」
「まあ前々から話はしていたのだ。私も君には表舞台に立って活躍して欲しいと思っていた。ただ周囲の願望を君に押しつけることはできない。だからこうして君の意思を確認しているのだ」
「……」
公爵様は本気だ。王女殿下とも話をしているのなら僕を養子として迎えいれることを本気で見当しているのだろう。
だが本当にいいのだろうか。少なくともこの養子に迎えいれる件によってライアム家は批判にさらされるだろう。お世話になってきた二人にやはり迷惑がかかることは嫌だと心が拒否している。
ふとアーシャのことが頭をよぎった。先日王都から戻ってきた時に疲れていた彼女の顔。
その時、僕は彼女の話を聞いて支えてあげることしか出来ないと考えた。だけどもしこの養子の話を受け入れれば僕はライアム家の一員という立場を正式に手にいれ彼女の側にいることが出来る。心のどこかで諦めていた彼女の側にいて支えたいという願いを叶えることが出来る。
(確かにそのことは嬉しいけどさ)
幼い頃から彼女と一緒にいて助けられてきた自分だ、もし自分が側にいて彼女があんな顔をせずにすむのなら。
(……はあ、僕もうぬぼれが過ぎるかな。でもアーシャのためなら……)
「……分かりました、ライアム家への養子入りを受け入れます」
僕の答えを聞いた公爵様は笑顔を見せる。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいぞ。ラナ、お前を正式な形でこの家に受け入れられることを私は嬉しく思う」
「公爵様、一つお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうしてこのことを確認する時にアーシャを外したんですか?」
僕の質問に公爵様は苦笑される。
「あの子がいたらお前は絶対に断らないだろう。あの子も養子になるように側で圧力をかけるだろうしな。それではお前の意思を尊重した決断にはならぬ、だからアーシャに席を外させたのだ。私はお前の意思を尊重したかったからな」
「その割には王女殿下を味方に付けたりと抜け目がなかったですけどね」
「こうでもしないとお前は安心しないだろう。お前は聡い子だからな、ライアム家だけでこの話を進めていると知れば、この家に迷惑だと考えて断っただろう」
僕が断ろうとするのもすべて考えた上で動かれていたか。完全に僕の考えを読んだ上での行動に感嘆する。
「参りました、すべてお見通しという訳ですね」
「何年お前を世話してきたと思っているのだ、自分の家で生活している人間の行動くらい把握できねば公爵など務まらんよ」
「恐れいりました」
僕も学院時代にいろんな貴族階級の人間にあってきたけど中には僕みたいな平民に差別意識を持つ人間もいる。公爵様や王女殿下のようにそういった偏見を持たず能力のある人間を取り立てていこうという方々もいるけどね。
だから家で平民を侍女や執事として召し抱えていても道具のように扱う貴族もいるのだ。実際に僕も学院で侍女や執事に対してそういう扱いをしている貴族を見たことがある。
(本当この家に拾われてよかった)
心の底からそう思う。この家に拾われなかった自分の運命を考えるとぞっとした。おそらくどこかで野垂れ死ぬかひどい境遇で生活していただろう。
「さてラナとの話もこれで終わりだ。伝えるべきことを伝え終えて肩の荷が下りた」
「僕を養子にする件はいつ皆に伝えるのですか?」
「そうだな、後日我が家に仕える人間を集めてその場で正式に伝えるつもりだ」
結構、大々的に伝えるんだな……まあ、家に養子をとるという大きな出来事だからそれくらいするのだろう。
「緊張するか?」
「はい、こんなふうに大勢の前で自分のことを話されるのは緊張します」
前世で女王陛下と共に魔族と戦っていた時に叙勲されたり、今世でも学院時代に成績優秀者として表彰されたりしたけど、こういうことは根っから苦手なのか何回やっても慣れないんだよね。
「大丈夫だ、なにかあっても私がきちんと対処する。そう気を張らなくてもいい」
「ありがとうございます」
「さあ、いろいろあって疲れただろう。部屋に戻ってゆっくり休みなさい」
公爵様に促された僕は礼をしてから部屋を退出した。
「はああああああああ……」
部屋を出ると思わず大きなため息が出てしまった。
「まさかこんなことになるなんてね……」
自分に関わる大きなことが起きたせいで精神的な疲れが襲ってくる。今日はもうなにもしたくなかった。
「アーシャには悪いけど今日はもう休ませてもらおう」
これから起こることをいろいろ考えながら僕は自分の部屋に戻る。途中で出会った侍女へアーシャに今日はもう休むと伝えて欲しいと言い残して部屋への道を急ぐ。自分の扉を開け、部屋に入ると僕はそのままベッドに飛び込み、深い眠りに落ちていった。
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