第7話
次の日、僕はアーシャと共に屋敷を出て領内を見回っていた。久しぶりに戻ってきたアーシャが領内を見ておきたいと言い出したため、付き人の僕が同行することになったのだ。
僕の前を綺麗な姿勢で歩いているアーシャ、彼女とこうして領内を歩き回るのも久しぶりだ。
「あ、アーシャ様とラナ様だー!」
小さな子供が僕達を見つけて、声を上げる。僕とアーシャは彼らに手を軽く振り返す。
「相変わらず凄い人気だね、アーシャ」
アーシャは元々領内を回るのが好きだったため、領民達から慕われているのだ。呼びかけてきた子ども達がこちらに寄ってくる。
「「おかえりなさいー」」
「ただいま」
「みんな、アーシャ様は今いないっていってたけどもうもどってきたのー?」
「ええ、昨日戻ってきましたよ。皆と会うのも久しぶりですね」
「うんー、アーシャ様がいないのさびしかったー」
「まあ、ありがとう。でもごめんなさい、私とラナは今から領内を見て回らないといけないの。だから遊ぶのはまた今度ね」
「うんー、わかったー。アーシャ様はいそがしいからめいわくをかけたらいけないってみんないってたからがまんするー」
「いい子ね」
アーシャは微笑んで子ども達の頭を撫でる。そのまま僕とアーシャは子ども達と別れ、領内の散策を再び始めた。
「さすがアーシャ。領民からの人気は絶大だね」
「恥ずかしいから言わなくていいです。私はやるべきことをしているだけですから。それにあなたの人気も相当なものですよ」
そっけない口調で言い切るアーシャ。昨日の夜の様子とは大違いだ。
やるべきことをやっているだけで凄いことなんだけどね。人間そういったことから目をそらすのは責任ある立場の人でもよくあることだから。
まあ、そのせいで昨日のように僕と二人の時は甘えてくるのだけど。
そういうのは普通の人間なら嫌になるけど、彼女がこんなふうに頑張っているのが原因ならそうは思わないし、自分に心を開いてくれているのは嬉しい。
「これからはどこに行く?」
「そうですね、領内の治安や商業の活動の面も見ておきたいので中心地のほうへ……」
「きゃあああああああ!」
僕とアーシャが次にどこへ向かうか話していると悲鳴が聞こえてきた。
「アーシャ!」
「ええ。これは……さっきの子ども達のものですね」
二人で急いで来た道を引き返す。さっきの場所に辿りつくと子ども達が狼のような魔族に襲われていた。
魔族ーー前世の僕達が打ち倒し、今の世でも前世ほどではないが人間の脅威となっているもの達。今も自分達の領地を持ち、生活をしている。
「これは……」
なぜこんな街中に魔族が? ラーカム領内は魔族領と隣接しているため魔族への警戒は厳重にしている。ましてや領の中心に近いここならなおのことだ。そんな場所に魔族が侵入なんて……。
(どうやってここに入りこんだんだ? それに奴らの体に生えている結晶のようなものは一体……。いや今はそのことを考えている時じゃない)
気になることはいくつもあるが襲われている子ども達を助けなればならない。僕は腰に佩いた剣を抜き、今にも子ども達に襲いかかろうとしていた魔族の一体を斬り伏せた。
仲間を斬り伏せた僕を魔族達は脅威と認識したらしい。狙いを子ども達から僕にい一斉に襲いかかってきた。
(それなら好都合)
僕は囮となって子ども達から距離をとるように走る。狙いを僕に定めた魔族達は目論見通りに追いかけてきてくれた。
「そうそう、そのままこっちにおいで!」
十分に距離をとって子ども達の安全を確保した僕は追ってきた魔物達のほうを振り返り、剣を構える。追ってきた魔物の数は……5匹か。
「まずは一匹!」
飛びかかってきた一匹を僕は剣を横薙ぎに払って斬る。続いて相手を斬り伏せた勢いのまま、2匹目を狙って直線で突っ込む。魔物に近づいた僕はそのままそいつに剣を突き立てて倒す。
「これで二匹目!」
僕はそのまま剣を引き抜き、三匹目を斬るために剣を構える。一匹ずつで僕を相手していたら自分達がやられると思ったのか、魔物達は3匹で襲いかかってきた。
「悪くはないと思うけど、そんなに脅威じゃない」
僕は飛びかかってきた3匹の内、1匹目を斬り伏せて返す刀で2匹目を斬る。残った1匹の攻撃はかわし、相手が体勢を立て直す前に倒した。
「ふう」
僕はすべての魔族を片付けたことを確認し、剣を鞘にしまう。
「これで危険は去ったかな。子ども達のところへ戻ろう」
周囲を確認し、魔族がいないことを確認した僕は急いで子ども達の者へと向かう。元の場所へ戻ると、泣いている子ども達をアーシャが宥めているところだった。
「アーシャ、大丈夫?」
「ええ。あなたが魔族達を引き付けたおかげでこちらは被害がありませんでした。子供達も皆無事です」
「よかった」
僕は泣いている子どもの一人の前に目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「怖かったね、でももう大丈夫。あの魔族達は僕達が倒したからね。やつらはどこから来たか分かる?」
なるべくゆっくりとした口調で問いかける。子どもはしばらく泣いていたがやがて落ち着いてきて自分の見たことを話し始めた。
「わかんない……。みんなとあそんでいたらとつぜんあらわれたの……」
「突然現れた?」
「うん」
「その時になにか変わったことはなかった?」
僕の質問に問いかけられた子は答えられなかったが別の子が答えてくれた。
「おれ、あのまものがあらわれるまえになにかくろいものがうかんでたのをみたぞ」
「黒いもの? まさか……」
突然現れたこと、そしてその前に黒いものが浮かんでいた……魔物がいきなり現れたことを考えるとおそらく転移を発動させた時に発生する空間の裂け目だろう。
(それほどの魔力使いがこんなところでなにを……)
転移は名前の通り、場所と場所を移動する技術だ。しかし使用に莫大な魔力を用いることと風と闇属性の適正が必要なため、そもそもの使用出来る人間の数が限られている。そんなものを使用出来る時点で相当な魔法の使い手だ。
(わざわざ魔物を転移させて人を襲撃させるような奴だ。野放しにするのはまずいね、魔物達のことを観察している可能性もあるから周囲一帯を少し探ってみよう)
「アーシャ、この魔法の使い手って……」
「はい、おそらくかなりの手練れですね。転移は風と闇の適正がないと使えません。加えてかなりの魔力を必要としますので相当な腕があると見て間違いないと思います。魔力の適正が二つある時点でかなり凄いのですけど」
彼女の言うとおり、この世界でエネルギーとして用いられている魔力には火、水、風、土、氷、雷、闇、光の8つがあり、それは限られた人しか操ることができない。その中でも闇と光を操ることが出来るのは特に珍しい。大体の人間は魔力を扱うことが出来ても適正は一つがせいぜいで何個も適正があるのは極めて希だ。今回この魔物達をここに転移させた張本人は最低でも2属性の適正があるため、その時点で強力な魔力使いということになるのだ。
「ねえ」
「なんですか?」
「この子達を安全なところまで連れて行ってあげて。僕はもう少し周囲を見回ってみる」
「……また一人で危険なことをするつもりですか?」
じろりと僕の主が睨んでくる。僕は苦笑いしつつ、彼女の肩に手を置いて静かに語りかける。
「大丈夫、無茶はしないから。危なかったら様子を確認してすぐに戻るよ」
「あなたがそう言った時っていつも言葉通りになったことがないんですけどね。子どもの時に私が魔物に襲われた時も無茶して私を助けて……いつも無茶ばかりするんですから」
「あの時のことを今言うのは勘弁してね。相手は転移魔法を使えるほどの人間だ、君の身になにかあるのはまずいのは分かるでしょう?」
僕の言葉にアーシャは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。彼女も分かっているのだ、ライアム公爵家を継ぐ自分が悪戯に自分を危険なことに晒すのは出来ないことは。
「……危なかったらすぐ戻ってくるんですよ」
「うん、約束する。じゃあ子ども達をよろしくね」
僕の言葉に頷いたアーシャは子ども達を連れてその場を去った。
ーー
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