第8話

「さて僕も行動に移りますか」


 彼女達が去ったのを確認した僕は魔力の流れを追っていく。近くに強い魔力反応! やっぱりまだ近くにいたか!


「あの魔族達も妙だったしわざわざ人を襲わせるように転移させてるみたいだったからまだ近くにいる可能性にかけて魔力探知してみたけど大当たりだったみたい」


 犯人を見つけた僕は静かに雷の魔力を操作、身体能力を強化する。そのまま大きく前傾姿勢をとり、犯人のいる方向へ向かって駆けだした。

 相手もこちらが自分のいるほうへ向かってきているのに気付いたのか僕から逃げるようにその場を離れていく。


 だが、


「遅い!」


 僕はさらに速度を上げる。前世では雷の魔力による強化において並ぶものがいなかった僕だ、見つかった時点で逃げられると思わないで欲しいな。

 速度を上げた僕は犯人に追い付いた。犯人は黒いフード付きのローブのようなものを来ており、顔を確認することが出来ない。


(なら捕らえて顔を確認するまでだ!)


 僕は鞘から剣を抜き、そのまま相手に斬りかかる。相手はこちらから逃げられないと悟ったのか動きを止め、僕の攻撃を受けた。


(……! 僕の攻撃を受け止めた!?)


 一体何者なんだ、こいつは。剣の腕も一流なのか?


(いや、今はこいつを捕らえることだけを考えよう。正体や目的は捉えて吐かせれば分かることだ)


 僕は頭の中を巡る様々な疑問を振り払って黒いローブを着た男に向き直る。


「ねえ、投降してくれないかな? 面倒な戦いはしたくないんだけど」


 僕の呼びかけに男は意外にも素直に答えてきた。


「驚いたな、見つからないように隠れていたつもりだったが……」


「こっちの力量を見誤ったね、これくらいの魔力を探知するのは難しくないんだ」


 僕の言葉を聞いた黒いローブの男はかすかに笑い、驚きの言葉を放つ。


「さすがライアムの誇る剣士と言ったところか。……いや、伝説の剣士のグレンと言ったほうがいいか」


「!?」


(なんで!? こいつ、今僕のことをグレンって!?)


 僕が転生した人間であることは今の人生で関わった人間には誰も話していないことだ。それをこいつはなぜ知っている……!?


「……なぜ僕のことをグレンと呼んだ? お前は一体何者なんだ?」


 殺気を放ちながら僕は男に問いかける。男は殺気をぶつけられても動じた様子はなく超然としていた。


「さあな? なぜそう呼んだか知りたいなら私を捕まえて吐かせたらどうだ?」


「言われなくてもそうするよ!!」


 僕は強く地面を蹴って男に肉薄する。そのまま上段から剣を振り下ろしたが、男は簡単に受け止めてしまう。


「やはり早く鋭い、お前の剣は賞賛に値するな」


「……あんたから賞賛を受けても嬉しくないんだけどな!」


 僕は彼から少し距離をとった後、再び責め立てる。突きや十字切り、あらゆる技巧を織り交ぜた剣技を男に繰り出す。しかし男はこの剣技をすべて捌ききった。


(……!? すべて捌ききった!? 本当に何者なんだ、この男……)


 内心は驚いているが僕はそれを表情に出さないようにする。男は受けに徹していたが突然反撃に転じた。


「ぐっ……!!」


 男の振るう剣は一撃が重く、受け止めるたびにこちらが吹き飛ばされそうになる。


(まずい……)


 咄嗟に距離をとって体勢を立て直す。男は追撃してくるかと思ったがその場に佇んでいた。


「余裕だね。追撃もしてこないなんて」


「余裕? そうではない、単純に君と剣を交えることが俺の目的ではないということだ。このまま君と剣で勝負すれば俺が負けるだろう」


 男はそう言うと剣を鞘にしまう。男の周りに魔力が渦巻き始めた。


(もしかして転移で逃げるつもりか!)


「逃げようとしてるなら無駄だよ!」 


 僕は彼のを阻止するために、最高速度で突っ込んだ。


「ふふふ、無駄だ。お前の相手はもはや私ではない。手応えのある相手を用意したからそれで戦いを楽しんでくれたまえ」


 バキ、バキ……。


(なんだ、この音……?)


 周りの木が倒れる音がする。なにか巨大なものがこっちに向かってきている。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ちぃ!!」


 咄嗟に僕は今いる場所から飛び退いた。次の瞬間にはその場所になにかが振り下ろされ大きく地面が抉られていた。


「なんだ、これ……」


 僕はなにかが振り下ろされた方向を見る。そこには先ほどの狼の魔族を巨大化させた生き物がいた。ただし首は3つあり、体の至るところから結晶のようなものが生えている。


(さっきの魔族にも結晶のようなものが生えていたけど、あれは輝晶石か)


 輝晶石は魔力の属性を帯びた石だ。人間はこれを武器に埋め込んで強化したり、移動の道具の動力元にしたりすることで今の魔導器を元にした文明を築きあげた。 


(それを魔族に埋め込んで生命力を活性化させるなんて……!!)


「こんなことをしてなにが目的なんだ!! 輝晶石を用いて魔族を強化するなんて!!」


「くくく、なにこれは純粋にどうなるか試した結果に過ぎないよ。お前を倒すことはできないだろうけど、足止めには十分だ。私はこれで失礼する」


「待て!」


 追いかけようとするが狼の魔族に阻まれて男が転移魔法で逃げるのを止めることができない。 


「逃がしたか……!」


 僕が魔族に対応している間に男には逃げられてしまった。が、それを悔しがる間もなく狼の魔族は襲いかかってくる。


(早い……!!)


 巨体なのに高速で動いてくるため、攻撃をかわすのも手を抜いていてはできない。


「……少し本気で相手をしようかな」


 僕は今使用している雷の魔力に加えて、風の魔力も使用する。


「目で追えるなら追ってみてね!!」


 地面を蹴って僕は狼の魔族に向かって疾走する。今あの魔族からは僕の姿が消えたように見えるだろう。実際相手は僕がどこに行ったか分からず、きょろきょろと周囲を見回している。


「はっ!!」


 狼の魔族に接近した僕は風属性の魔法風刃を発動、剣に風の刃を纏わせて足を斬る。


「ギャアアアアアオオオオオオオオオオオオ!!」


 足を切りつけられた魔族は悲鳴を上げる。首の一つが僕を捕らえようとこちらを狙ってくるが僕はそれをかわし、その首の一つを斬り落とした。


「ギィィアアアアアアアアアア!!」


 残った二つの首は首を斬られた痛みからのたうち回る。今の首を切り落としたのは相当効いたらしい。


「これで終わりと思わないでね!!」


 さらに僕は測度を上げて、狼の魔族の体を斬り刻んでいく。相手も僕を捕らえようとするが攻撃は当たらない。

 ずっと僕に斬り刻まれてたまらなくなったのか、狼型の魔族の周りに氷の魔力が渦巻きだす、なにか仕掛けてくる気だ。魔族の体中の輝晶石がそれに合わせて明滅し出す。

 吹雪が吹き荒れ、周囲一帯が凍りついていく。僕は高速で移動してその範囲から逃れようとするが間に合わない。


(前世で持ってた魔剣があればこういった攻撃も問題ないんだけど……今の僕じゃ対処が厳しいか……)


 どう対処するか頭を悩ませる。これだけ広範囲の攻撃だと今の僕が可能な防御法では対処が難しい。


「くそ……!」


 思わず悪態をついてしまう。そうしている間にも吹雪は目前に迫り--


「させません!!」


 僕と魔族以外いないはずのこの場所に誰かの声が響く。


「これは……」


 気付くと僕の周りを障壁のようなものが覆っていた。光属性の魔力で作られた盾だ。



「まったく困ったご主人様だなあ」



 僕はこの盾を生み出した人物のほうを見る。そこにはアーシャが立っていた。


「あなたはやはり一人にすると無茶をしますね!!」


 そのままアーシャは光の魔力を集めて、大量の光の矢を生み出す。アーシャの卓越した魔力操作技術が成せる技だ。


「いきなさい!!」


 アーシャは光の矢を狼の魔族に向けて放つ。大量の光の矢が狼の魔族に殺到し、相手の生命力を削っていく。


(光属性の魔力を用いた攻撃は魔族に効果覿面なのは相変わらずだね)


 魔族は前世の時から光属性の魔法に弱いのは変わらないようだ。アーシャの放った攻撃のおかげで相手の魔法が止まり、吹雪が止んだ。


「今です!」


 アーシャの声に僕は頷き、一気に狼の魔族目がけて突撃する。魔族の元に到達する間に雷属性の魔力を操作して巨大な雷の大剣を生み出した。


「中々強かったけど……これで終わりだよ!!」


 僕は構えた大剣を生み出し、狼の魔族の残った二つの首を目がけて振るう。雷の大剣は綺麗に残った二つの首を斬り落とし、狼の魔族は悲鳴を上げる間もなく絶命した。


「ふう」


 完全に絶命したのを確認し、僕は雷の大剣を消滅させる。周りを見るとアーシャがこちらに向かってきていた。


「うわ、あれは完全に怒ってるなあ」


 遠目に見ても彼女が不機嫌なのが分かる。また無茶をしてとお説教をされるのは覚悟しないといけないようだ。


「それにしても……」


 あの男は僕の正体を知っていた。逃げられてしまったため、その理由を確認はせきなかったが。


「一体何者なんだ、あの男は」


 胸の内に嫌な予感を覚えながら僕は機嫌の悪い主の元へと向かうのだった。

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