すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く 4
それからあっという間に一年が過ぎて――
「マリア……じゃなかった、サラフィーネ様。何なら今からでも、パパに乗り換えてくれて構わないんですよ」
本来の身分を取り戻し、アルフレッドの養女でなくなったにもかかわらず、彼は何故か相変わらずサーラにパパと呼ばせたがる。
それをシャルが渋い顔で睨んで、そしてサーラに優しく微笑みかけた。
「よく似合っている。綺麗だよ」
「ふふ、ありがとうお兄ちゃん」
「……シャルのことは相変わらず兄と呼ぶのに、どうして私のことはパパと呼んでくれないんですか?」
そもそも、アルフレッドを「パパ」と呼んだことは一度たりともないのに、さも以前はそう呼んでいたかのような言い方をしないでほしい。
「はいはい。あんまりふざけていると、殿下に怒られるわよお兄様」
ジャンヌがアルフレッドを押しのけて、サーラの周囲をぐるりと回った。
「うん、どこもおかしいところはありませんね」
「ありがとうございます、ジャンヌさん」
「ダメですよ。今日からはきちんと、ジャンヌと呼んでください。――サラフィーネ妃殿下」
め、と叱るように目をすがめられて、サーラは微苦笑を浮かべた。
姿見に映る自分は、デコルテの大きく開いた純白のドレス姿だ。
今日は、ウォレス――オクタヴィアン王太子と、サラフィーネ妃の結婚式である。
結婚式は純白のドレスで、という決まりはないけれど、アドルフとグレースからサーラの母は白いドレスで父と結婚したのだと教えられて、白に決めた。
「綺麗よ、サーラ……じゃなかった。サラフィーネ様」
「お母さん、普通に呼んで? ウォレス様……じゃなくて、オクタヴィアン様も、今まで通り親子でいていいっておっしゃってくれているし」
アドルフ、グレース夫妻はかつて剥奪された子爵という身分を取り戻したので、ディエリア国に戻ることもできた。
けれどシャルを含めこのままヴォワトール国に残ってサーラの側にいると決めてくれて、ウォレスが国王に掛け合って、ヴォワトール国の爵位ももらっている。
それが何と子爵ではなく伯爵位で、二人は顔を真っ青にして固辞しようとしたが、シャミナード公爵のせいで大勢の貴族が粛清されて貴族の数が足りないから受け取ってほしいと言われ、小さな領地とともにヴィション伯爵という名前を受け取ることになった。
つまりアドルフたちは、ヴィション伯爵夫妻で、シャルはその跡取りというわけだ。
(お兄ちゃんは騎士の方が気楽でいいのになんて言ってるけどね)
騎士に昇格されたシャルはもちろん騎士爵の位も持っている。
ヴィション伯爵家の跡取りである以上結婚もしなければならないのだが、このままのらりくらりと二十年くらい独身でいて、サーラの生んだ娘でももらおうかななんて冗談を言ってウォレスを激怒させたのは記憶に新しい。
――私の娘は絶対に嫁には出さない!
そもそも生まれてもいないし妊娠もしていないのに、二人とも何を言っているのだろうと唖然としたのを覚えている。
「それにしても、成婚パレードではリジーが大変なことになりそうだな」
くすくすとシャルが笑う。
ウォレスとともに王都に戻って少しして、サーラは秘密ねと念を押して、これまでのことをすべてリジーに説明した。ウォレスが会う機会を作ってくれたからだ。
目が飛び出るほど驚愕したリジーは、今まで秘密にしていたことを怒って泣いて――最後に笑って、「おめでとう」と言ってくれた。
今日の成婚パレードでは、一番よく見える場所を陣取るのだと張り切っているらしい。
「皆様、おしゃべりもいいですが、そろそろお時間ですよ」
ベレニスが苦笑しながら皆を花嫁の控室から追い出す。
控室に残されたのが侍女のジャンヌとベレニスの二人だけになると、サーラは急に緊張してきた。
ジャンヌが笑って、軽く背中を撫でてくれる。
「落ち着いてください。殿下の元まで歩いて行って、大司教様のおっしゃる誓いを復唱して結婚誓約書にサインするだけです」
だけ、と言ってくれるが、大聖堂には国中の貴族が集まっているし、なんと、ディエリア国王夫妻も本日のためにわざわざ足を運んでくれたというのだ。緊張しないはずがない。
せめてもう少し緊張を落ち着けたかったが、無情にも時間は待ってくれず、行きますよとジャンヌとベレニスに両脇を固められて部屋を出た。
大聖堂の扉の前で、視界が悪くて危険だからと後ろに上げていたベールを下す。
大きく深呼吸をしてから頷けば、ゆっくりと両開きの扉が開いた。
大聖堂の奥にサーラに合わせて白い衣装をまとったウォレスが立っていて、こちらを振り返って柔らかく微笑む。
おいで、と言うように手のひらを向けられて、サーラは意を決して、一歩前に足を動かした。
ドレスの裾を踏まないように気を付けながら、一歩一歩、ウォレスとの距離を縮めていく。
一歩進むごとに、彼に出会ってからこれまでの記憶が脳裏に蘇って、すでに泣きそうになってきた。
ウォレスの隣に立つと、ぎゅっと手を握られる。
大司教が柔らかく、けれどもどこか苦笑に近い微笑みを浮かべて、そうして式がはじまった。
「病めるときも、健やかなるときも、寄り添い、支えあい、慈しみあい、今世でも、来世でも、永遠に愛し合うことを誓いますか?」
その誓いの文句に、サーラはベールの下で目を見開いた。
本当ならば「死が二人を分かつまで」と続くはずの言葉が、何か違う。
驚いてウォレスを見上げると、してやったりと言わんばかりに口端を持ち上げていた。
――諦めろ。君はずっとずっと、永遠に私のものだ。年を重ねて、病気や事故でもなく老衰で、同じ日の同じ時間に一緒に息を引き取り、そして来世でもまたその来世でもずっとずっと一緒にいるんだ。それが私の望みで人生計画だからな。
そう言って笑った、ウォレスの顔を思い出す。
(結婚式の誓いを好き勝手に変更したらダメでしょう⁉)
大司教が苦笑するわけだ。
「誓います」
満足そうな顔で誓いの言葉を述べて、ほら誓え、とこちらに流し目を送ってくる。
相変わらず強引で我儘で、信じられないようなことを平然と行って――
(まったくもう)
けれどもそんなウォレスが大好きだから、サーラの言葉は一つしかない。
「誓います」
この人なら本当に来世でも自分を見つけてくれそうだと、そんな不思議な確信があった。
完
~~~★あとがき★~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お読みいただきありがとうございます!
これにて、本編完結となります!
この後、短い番外編を一本ご用意しておりますので、もしご興味があれば。
番外編は、やっぱり最後にこれは必要だよね…、と作者が勝手に思ったものを追加しています。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
番外編までお付き合いいただける方は、あと四話ほどお付き合いください!
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